世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
東京オリンピックのテロ対策に学ぶ:(その1)
(Global Issues Institute(株) 代表取締役CEO)
2018.01.22
華やかなオリンピック競技の舞台裏には,先端技術を駆使したセキュリティー,即ちテロ対策があります。組織委員会はセキュリティー対策費に200億円を計上しており,2016年の日本のセキュリティー市場は7,190億円と推定されています(IDC Japan)。オリンピックを機に,テロ対策後発国の日本の市場は一段と弾みがつくでしょう。それは日本企業に意外なビジネス・チャンスを与えるかも知れません。それに関して2回に分けて考えてみましょう。
進歩したテロ対策技術
日本は不思議なテロ先進国で,例えば1995年にはオウム真理教の地下鉄サリン事件がありました。しかし東京メトロが監視カメラの設置に力を入れ,その画像等を警察と共有する努力を始めたのは,オリンピックが視野に入って来た比較的最近です。
米国ワシントンDCの地下鉄では,オウム事件と911を受けて2004年より,地下鉄内にセンサーを張り巡らせ,どのような毒ガスが散布されたか等が直ぐに分かるようになっています。ニューヨーク市は911以降,ガス管や電線にセンサーを這わせ,市内の出来事が市の危機管理センターのコンピューターで分かるようにしています。このようなセンサーの使用等に関しては東京メトロもオリンピック組織委員会も構想していません。しかし散布された毒ガスの種類を判別できるセンサーを張り巡らせれば救助作戦が非常に円滑になります。
日本の民間ガス会社や電力会社は,自らの事故防止のため,ガス管や電線にセンサーを既に這わせていて,それらの企業と日本政府や警察は,サイバー攻撃対策のために,既に合同訓練を行なっています。ニューヨークと同様のシステム構築も不可能ではないと思われます。
監視カメラも,一部の鉄道会社等では,売店で働く人等にカメラ付きのウエアラブル端末を付けさせることまで構想はしていて,同様の端末を付けた警邏員を競技場内に配置することも東京消防庁等で計画中です。
また日本のハイテク企業は,表情や歩き方を見るだけで,その人の精神状態を察知し,テロリストを事前に見分けられる監視カメラも開発しているので,それが使用されればオリンピック警備には非常に有効でしょう。
チケット購入時に指紋か顔写真を登録してもらうことで,顔認証等により問題ある人物を入場させないことも同様です。これはプライバシー等の問題があるので法改正が必要かもしれませんが,例えばコンビニでチケットを受け取れるとしたら,各店舗に顔写真登録用カメラを設置すれば,オリンピック後のイベント警備にも使える。
今まで書いてきたようなことが実現すれば,多くのビジネス・チャンスが発生する可能性があるでしょう。
連携が命の総合指令室
そのような監視カメラの映像を全ての関係者(組織委員会,警察,消防,自治体,民間警備会社等)が,一同に会して全て見られる指令室的なものは,組織委員会が各競技場ごとに作り,さらには全ての競技場内の状況を,同じように全ての関係者が集まって見られる場所も,IOCの指示もあり,今回の東京オリンピックでも作ることになっています。それを更に首相官邸に設置される予定の総合指令室的な場所で見られるようにしたい方針のようです。
これは米国で2004年から全国に張り巡らされたNIMS (NATIONAL INCIDENT MANAGEMENT SYSTEM) に近い。しかし米国のNIMSはICS (INCIDENT COMAND SYSTEM) と呼ばれるものの集大成で,これは警察,消防,軍,民間警備会社,自治体等が,組織の枠を一時的にでも壊して協力し合うための,一種のフォーマットです。例えば救助部隊と輸送部隊は,各組織の各部門が,組織の枠を一時的に壊し,同じチームとして行います。このICSのような考え方が縦割り組織意識の強い日本で出来るでしょうか? 例えば自衛隊関係者は,各競技場等の指令室でも他の組織と別の場所にいて,国の命令がなければ動かないことになるようなのです。
また米国のNIMSは,自治体の危機管理センターが中心で,そこで各組織の統合運用が行われ,その各状況が州政府さらに必要ならホワイトハウスまで伝わるようになっています。
今回はオリンピックなので競技場中心なのは仕方がないでしょう。しかし最近のテロがソフト・ターゲットを襲うことが多いことや,前述した監視カメラの運用等の問題を考えると,今回のオリンピック開催時も,できるだけ各自治体等に危機管理センターを持つようにしてもらい,もし何かあったら警察,消防等と連携できるようにしてもらう必要があるのではないでしょうか?
最大の問題は,これらがオリンピックのためだけに,構想されていることです。オリンピック終了後も,今回の経験に基づいて日本版NIMSを確立すれば,それも監視装置や通信手段等の関係で,大きなビジネス・チャンスが発生することは間違いないでしょう。(続く)
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吉川圭一
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