世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.951
世界経済評論IMPACT No.951

ヨーロッパの水素・天然ガス事情

橘川武郎

(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)

2017.11.13

 2017年の8月,ヨーロッパの天然ガスにかかわる現場のいくつかを見学する機会があった。訪れたのは,ドイツ・ベルリンのパワー・トゥー・ガス関連の実証試験施設,およびベルギー・ジーブルージュのLNG(液化天然ガス)燃料バンカリング埠頭とLNGターミナルである。

 旧東ベルリンに位置するシェーネフェルト空港近くの現場では,マクフィー(Mcphy)・トタール(TOTAL)・リンデ(Linde)・2G(Kraft-Wärme-Kopplung)の各社が連携して,パワー・トゥー・ガス関連の実証試験を実施している。マクフィーが水の電気分解による水素の製造,リンデが水素の貯蔵・圧縮とリフィリング,トタールが水素のリフィル・ステーション,2Gが水素製造過程で生じる熱の供給をそれぞれ担当し,リフィル・ステーション通じて燃料電池車・燃料電池バスに供給している。また,熱については,トタールのステーション内の洗車装置および敷地に隣接するバーガーキングのショップが,供給先となっている。実証試験であるため電気は地元のグリッドから購入している,水素を付近のガスパイプラインに混入していない,当初予定されていたシェーネフェルト空港の拡張が遅れており現時点では「空港の水素化」が実現していない,などの限界はあるが,パワー・トゥー・ガスの基本的な仕組みを目の当たりにすることができた。

 とくに,パワー・トゥー・ガスの根幹となる水電解装置(エレクトロライザー)を間近から観察できたことは,意義深かった。0.5MWの基本ユニットであったが,これを組み合わせることによって10MW用もまもなく稼働すると,説明に当たったマクフィー社の担当者は語っていた。

 彼の解説によると,ヨーロッパでは,ドイツを中心にしてパワー・トゥー・ガスのプロジェクトが徐々に拡大しつつある。その多くは,送電線にのせることができなかった風力発電の余剰電力を水の電気分解(水素製造)用に使うことによって,経済性を高めている。さらに,排出権取引の対象となっている二酸化炭素を調達し水素と反応させてメタンガス(天然ガスの主成分)を製造すると,用途も広がって,経済性がさらに高まる可能性もあるようだ。

 エレクトロライザー自体は,風力発電の出力変動に迅速に対応できるとのことだ。ただし,エレクトロライザーの稼働率はまだ低く,それを高めることが水素製造のコストを下げるうえで重要だと聞いた。

 ジーブルージュでは,Gas4CSea(日本郵船・三菱商事・エンジーによる舶用LNG燃料供給ブランド)が運航するLNG燃料供給船(Engie Zeebrugge)を,ジーブルージェ港内から望むことができた。同船は時折,日本郵船が100%出資するICO(International Car Operators)社の自動車運搬船用荷役埠頭に停泊しているという。LNG燃料一般商船に横付けして,シップ・トゥー・シップ方式で,荷役すると同時にLNG燃料をLNG燃料一般商船に充填することができるという優れものだ。

 世界的には,IMO(国際海事機関)が船舶からの硫黄酸化物(SOX)排出規制を2020年から0.5%以下にすることを決めたが,北海・バルト海域では,15年からそれよりずっと厳しいSOX0.1%以下の排出規制が適用されている。0.1%規制は,ヨーロッパの海域だけでなく北アメリカの海域にも存在しており,将来的には東アジアの海域にも適用されるかもしれない。そうなれば,規制をクリアするための方策として,LNGバンカリング船が急増する可能性がある。このような脈絡を考慮に入れれば,Gas4CSeaがジーブルージュで始めた北海・バルト海域用自動車運搬専用船に対するLNGバンカリング事業の重要性が明瞭になる。

 Gas4CSeaがジーブルージュを事業地に選んだのは,ヨーロッパにおける自動車運搬専用船のハブであることに加えて,LNGが入手しやすい場所だからである。Gas4CSea に対して,そのLNGの貯蔵およびLNG燃料供給船への積み出しを担当しているのが,ジーブルージュでLNGターミナルを運営するフラクシス社である。フラクシス社は,アンバンドリングで生まれたビジネスチャンスを活かして,LNGターミナル事業だけでなく,ガスパイプライン事業も手広く展開している。

 ジーブルージュでLNG燃料バンカリング埠頭に続いて訪れたのは,フラクシス社のLNGターミナルである。同ターミナルでは,ロシア北極圏のヤマルLNG基地から搬入されるLNGを受け入れるための5基目のタンクが建造中であった。LNGタンクの容量は1基目から3基目までは各々8万kl,4基目が14万kl,5基目が18万klであり,総容量は56万klとなる。

 フラクシス社のLNGターミナルのタンクは,半地下方式で建造されている。ジーブルージュ港がリゾートビーチに近接するためタンクの高さを制限して景観への影響を抑える一方で,安全対策上の理由からタンクの外壁がすべて目視できるようにするためだ。LNGターミナルに対する保安規制は,ベルギーと日本ではかなり異なる印象を受けた。

 フラクシス社は,LNGターミナルの基地容量を第三者に貸し,その第三者が基地にLNGを持ち込んで,気化されたガスをフラクシス社が受け取るトーリング(気化加工受託)方式で運営している。カタールペトロレウム・エクソンモービル・eni・エンジーが基地容量を長期契約で保有しており,フラクシス社はそれぞれの会社のLNGを受け入れ,天然ガスを受託製造しているのだ。ターミナルの稼働率は低くても,そのことがフラクシス社の業績に影響を与えることはない。ここでも,日本とは異なる仕組みが採用されているわけだ。

 ここまで述べてきたように,ヨーロッパの天然ガス最前線の現場では,様々な興味深い動きがみられる。そのなかには,わが国のガス事業のあり方を考えるうえで示唆に富む内容も多々含まれている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article951.html)

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