世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.931
世界経済評論IMPACT No.931

混迷するカタルーニャ:独立宣言が見送られたとはいえ,経済への悪影響は長期化も

金子寿太郎

(国際金融情報センター・ブラッセル事務所 所長)

2017.10.16

 10月1日にスペイン東部カタルーニャ自治州で同州の独立の是非を巡る住民投票が実施されて以来,中央政府と州政府の緊張関係は長期化の様相を呈している。10月10日の州議会演説でプチデモン州政府首相は独立宣言を事実上見送ったものの,将来的に宣言する可能性を排除しておらず,中央政府による同州自治権の停止を含め,今後の展開は予断を許さない。

 本件については,中央政府,州政府それぞれの立場から全く異なる見方ができる。中央政府からすれば,憲法裁判所の差し止め命令を無視して州政府が住民投票を強行したことは,法の支配への挑戦と映る。一方,州政府の側では,中央政府の投票前後の暴力的な実力行使により反発心が増幅されている。双方に理と非がある。

 カタルーニャ州では,1930−70年代のフランコ独裁政権の下で厳しい弾圧を経験したこともあって,中央政府に対する不信感が根強い。加えて,与党・国民党はフランコ政権の流れを汲んでいる。同州は,国際都市バルセロナを擁し,国内GDPの2割を占めるほか,一人当たりGDPは国内平均より2割も高いなど,経済的に豊かな地域でもある。ただ,同州の国税負担額は中央政府からの交付金額を上回っており,国内の財源分配で割り負けているという意識が強い。加えて,文化・言語面でも他の地域とは異なるアイデンティティを持っている。

 中央政府との確執の歴史があるとはいえ,州政府の本当の狙いは,独立ではなく自治権の強化にあると考えられる。実際,昨年6月に同州の新自治憲章が憲法裁判所から違憲判決を受けるまで,同州では自治権の拡大を求める穏健派が主流だった。州政府が求めているのは,徴税権,司法権,銀行救済に関する権利等である。投票の直前,中央政府は,住民投票の中止を条件に徴税権を含む自治権の拡大について議論したいと表明し,州政府に妥協する構えをみせていた。それにもかかわらず,州政府は,住民投票を取り止めると独立支持派の失望を招き統治基盤を弱めるとの判断から,投票決行に踏み切った模様である。

 最も気懸かりなのは,当事者間の対話が殆どなされてきていないことである。ラホイ首相がトップ同士の直接対話を拒否し続ける中,プチデモン州政府首相は,国際社会に仲介を求めている。しかし,EUと周辺諸国は,基本的にスペインの国内問題として,本件に深入りしない姿勢を保っている。

 この点について,民主主義と人権の尊重というEUの共通原則に照らして,批判的に捉えることは可能である。しかし,欧州には,イタリアの北部,英国のスコットランド,フランスのバスクなど独立の気運を抱える地域が幾つもある。スペインの中央政府と州政府のいずれを支持しても,そうした地域の独立派を刺激することになる。

 EU基本条約の第49条は,EUへの新規加盟にはEUの全加盟国による同意が必要としていることから,スペインが反対すれば,EUに加盟できない。同条の改正を試みても,同第48条に基づき,条約改正も全加盟国の同意が必要となるため,スペインが反対すればやはり改正することができない。

 EUに加盟できないのであれば,独立は経済的に合理的ではない。GDPの約3割を輸出が占める同州にとって,関税同盟から抜けることは致命的である。また,観光業も同州GDPの約1割を占めるため,EUからの観光客が減少すれば大きな損失となる。更に,同州はEUから巨額の投資を受けており,これらを失うと,インフラ整備等に支障をきたす惧れが生じる。通貨同盟や銀行同盟から抜けることのデメリットにも留意する必要があろう。

 同州には,日系企業を含む外資が数多く進出している。独立によってEU単一市場へのアクセスができなくなれば,第二のBrexitにも似た状況が生じることになる。既に,国内第3位行のカイシャバンクなど地場の有力企業が同州からの本部転出を表明し始めている。この流れでメーカーの工場等も州外に移転すれば,雇用や投資の喪失を通じて,地域経済の冷え込みは避け難くなる。同州からの資本・預金流出は,先行きの不透明感が払しょくされるまで続くであろう。

 独立に至らないとしても,スペインで中央政府の求心力が弱まれば,国内の意思統一が難しくなる結果,EUの政策決定の障害となる可能性にも注意が必要である。昨年10月のEUとカナダの自由貿易協定(CETA)の締結に際し,地方分権化を進めてきたベルギーで南部のワロン地域が土壇場で署名反対に転じたため,連邦政府としての承認が足止めされたことは記憶に新しい。こうした経験もあって,EUは本音ではスペイン中央政府寄りのスタンスにあると思われる。米国も自国第一主義の下で介入する意欲はないであろう。

 対話は,カタルーニャ州の内部でもより活発に行われる必要である。今回の住民投票では,投票者の9割が独立を支持する結果となったものの,投票率は4割にとどまった。警官隊の出動により,穏健な残留派の多くが投票所に足を運ばなかったと言われている。したがって,州民の総意が反映されているとは考え難い。

 現在の状況は,いずれの当事者も望んでいたことではない筈だ。おそらく中央政府と州政府並びに州政府と州民の間でそれぞれ十分な対話がなされていれば,より穏当な妥協策を見出せていたのではないか。結局,同州の自治権を若干強化する方向で双方が歩み寄る以外,本件の持続的打開策はあり得ないと思われる。既に国内の連帯は著しく損なわれてしまっており,これ以上の強硬措置は更なる禍根を残すだけである。一刻も早いラホイ首相とプチデモン州政府首相の直接対話の実現が望まれる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article931.html)

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