世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.923

欧州の「観光客嫌悪症」に学ぶ

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2017.10.02

南欧で広がる「観光客嫌悪症」

 最近,メディアで「観光客嫌悪症(tourismphobia)」という言葉を目にすることが多くなった。イタリアのヴェネツィアは水の都として有名だが,近年は観光客が増えすぎたことで生活環境が悪化し,市民が郊外に移り住むことで市内の人口が減少しつつある。クルーズ船が地元の漁業を圧迫しており,市民による反観光キャンペーンが大きくなりつつある。スペインではマヨルカ島やバルセロナなどで反観光団体によるデモや襲撃事件が相次いでいる。マヨルカ島では観光客の数をコントロールするためにベッド数の上限を定めた。現在は約62万が上限だが将来は12万まで上限が引き下げられる見通しになっている。クロアチアのドブロブニクやパリ,ベルリンなどでも反観光の動きがある。

 背景には,観光客の増加と観光客のマナーの悪さがある。EUROSTAT(欧州統計局)によると,1泊以上した外国人観光客の数は,ドイツでは1990年の約1700万人から2016年には約3500万人,フランスでは約3300万人から約4500万人,イタリアでは約2100万人から約5700万人,スペインでは約1300万人から約6100万人と増加している。2016年はEU全体で3億5000万人以上の外国人観光客が訪れていると考えられる。

 観光客は夜遅くまで騒いだりごみを大量にまき散らしたりする。日本には「旅の恥は掻き捨て」という恥知らずな諺があるが,外国人も観光地では他人の迷惑を考えないようだ。観光客は数日間観光地で騒ぐだけだが,現地の人にとっては延々と騒ぎが続くことになる。旅先でも生活している人がいることを忘れてしまい自分勝手な行動を続けたことで,観光客に対する反発が高まっている。

観光業の問題点

 このような問題が生じると,「観光は雇用を増やし経済が活性化するのだから我慢してほしい」という趣旨の発言が首長などから出るが,自分の庭先で毎日朝から夜中まで観光客が大騒ぎしてごみを巻き散らしたら意見が変わるだろう。しかし,このような発言自体に観光業の問題点が現れている。

 観光業は裾野が狭い産業である。この場合,裾野には業種だけでなく地理的な意味も含まれる。観光業では宿泊,レストラン等,土産物屋等が関係し,タクシーなどの交通や運送業も一部恩恵を受ける。レストランでは地元の野菜などを一部使っているところもあるだろうが,多くは冷凍食品を使い大手代理店から食材を購入しており,地元企業への恩恵が少ない。観光業は季節による変動が大きいため,季節労働者も多い。季節労働者の多くは他の地域からやってくる(例えば,地方の海岸リゾートで夏だけアルバイトを募集すると都市部から学生などが応募してくるケース)ため,地元への恩恵が少ないことも多い。

 地理的には,観光スポットのごく近くでは土産物店を開設するなどの経済効果はあっても,500メートルも離れると恩恵はなく交通渋滞などのマイナス面のみが目立つようになる。観光客がごみを出せば地元自治体が処理をするが,その費用は観光業に関わらない人も含めて広い範囲の人々が負担する。製造業では工場を人の少ない郊外に建設できるが,観光業では観光スポットの周辺が再開発され景観や地元の人々の生活が破壊される。特に産業が少ない地方では観光業に関わる人々と関わらない人々の間に分断を生みやすい。観光スポットの周辺で観光業に関わる人々にとって観光業は生活の糧であるが,そこから少し離れた人々や観光業に関わらない人々にとっては迷惑以外の何物でもない。観光地からかけ離れたところにいる首長にとって観光業は税収と雇用と得票を生む道具であり,苦しんでいる人々の気持ちは全く理解できないだろう。

何が必要か

 ここまでの問題点を整理すると,観光客の数,観光客のマナー,産業の裾野,地理的な裾野が挙げられる。観光客の数とマナーはある程度比例関係にある。安易な世界遺産登録やマスコミ利用を避けて観光客の数をコントロールする必要がある。宿泊に対する課税やマヨルカ島のようなベッド数の制限も視野に入れる必要があるだろう。観光客の数ではなく,質を追求する戦略である。目の肥えた観光客は「いかにも」な観光地は避けて静かな場所を好む。このような人々は所得が高いことが多い。

 観光地への自動車の流入に対して,ヨーロッパではパーク&ライド方式を採る町が増えている。駐車場の収入を原資にミニトレインを走らせるのもいいだろう。ノルウェーでは市内中心部の市営駐車場を廃止する動きもある。民間の駐車場代が高騰して公共交通機関の利用を促すだろう。このような政策は地元民の反発を減らすことにもつながるだろう。

 産業の裾野を広げるには,まずはICT企業との連携が最も簡単だろう。フィンテック企業も比較的容易に連携できるだろう。ただしこの場合,都市部の企業と契約するのではなく地元でICTやフィンテックの起業を促す政策が必要になる。都市部から人材をリクルートするのは良いが,企業を呼び込むのは裾野を広げることにつながらない。

 観光地ではスタンプラリーのように点と点をつなぐルートを人々が移動している。観光スポットや歴史だけでなく,地元の産業と協力し,多様な休暇の楽しみ方を提供できるようにすれば観光業が点から面に広がっていくだろう。

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