世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.868
世界経済評論IMPACT No.868

中国に欠ける資本主義のDNA

武者陵司

(武者リサーチ 代表)

2017.06.26

 ビジネス成功のカギが米国と中国で180度異なっている。米国で必要なのは英知とアントレプレーナーシツプ(起業家精神),では中国は,巧みに政商化することだろう。世界時価総額トップ10うちトップ5は1位アップル,2位アルファベット(グーグルの持ち株会社),3位マイクロソフト,4位アマゾン,5位フェイスブックと全て米国のインターネット・プラットフォーマー,ほとんどがここ10数年のうちに設立されたベンチャー企業である。それがあっという間に経済産業の主役に躍り出ているだから,いかに米国がチャンスの国かを示している。

 時価総額トップ10にアメリカ以外で唯一顔を出しているのが,アリババ,ティンセントの中国インターネット・プラットフォーマーの2社である。同じインターネット・プラットフォーマーであっても中国2社はいわば政商,政府の手厚い保護により育てられた会社である。中国企業は全て政商と言っていいのではないか。国営企業は共産党官僚が営む政府機関そのもの,民間企業も政治の支援なければ成り立たたない。そもそも中国企業の主要企業には表の組織と裏の組織,つまり共産党の企業委員会があり,裏の党委員会は経営の決定に関し深く関与,監督,監視,検閲をしており,党との良好な関係なしにはビジネスは成り立たない。そのためには不正,賄賂が横行する社会であることは周知の事実,従って政治との関係が怪しくなると,あっという間に破たんする可能性もある。

 アメリカのウォルドルフ・アストリアの買収で名をはせた安邦保険集団はその良い例だろう。中国共産党幹部の子弟との関係が深い企業で,世界的買収合戦を繰り返して急成長してきたが,汚職追及という名の政争に巻き込まれ,銀行取引停止という経営危機に陥り,経営者は行方不明,当局に拘束されたようである。政治との関係性により,いつ企業も富も奪われるかわからない。恐怖政治が支配する。

 この権力との関係性でビジネスも生活も律せられているのは,古代からの中国の伝統。権力に対する絶対的服従という太古からの人間関係や行動様式と,最先端技術,市場経済との奇妙な融合が現代中国の強さであると同時にアキレス腱になっている。中国の都市開発はあっという間,一週間もすれば古くて貧しい住宅街は強制的に立ち退かされ,近代的ビル街に生まれ変わる。個人の地権が強い故に都市計画に何十年もかかる日本と全く違う。個人の権利は紙くずの扱いなのである。胡錦涛体制まではまがりなりにもこの中国の遅れた現実を認め,個人や民間を強くして,権力のプレゼンスを引き下げる努力がなされた。資本主義発展をするには民主化が不可欠と思われていたからである。しかし習近平は汚職不正撲滅を口実として対抗権力者を叩き潰し,日本の治安維持法に匹敵する国家安全法を制定した。また,大学からの西側の価値観の排除を指示し,大学を「マルクス主義や中国の偉大な夢,社会主義の核心的価値観の最前線」と位置け,大学を,党思想の宣伝扇動の道具にした。中国民主化の画期であるはずの天安門事件は完全に歴史から抹殺された。習近平の権力基盤は著しく強化されたものの,政治にも経済,企業からも自由,自主の気運は完全に消えたのである。

 日本でいえば福沢諭吉の自主独立の思想が否定され,軍国主義に塗りつぶされる昭和初期の雰囲気だろうか。一歩間違えれば金正恩による専制恐怖政治がまかり通っている北朝鮮と変わらなくなる危険性がある。

 自立した個こそが国家と経済の発展の要,その不在こそが近代中国最大の欠陥であるとした,思想家にして文学者魯迅が嘆いたところである。辛亥革命以降,共産党政権になってからも個の自立の無さを嘆く魯迅は中国近代化の父として尊敬されてきたが,今の中国では自己卑下をしすぎていると批判の対象になっているようである。

 戦前から戦後期にかけて中国研究の泰斗であったドイツのちにアメリカに渡った社会・歴史学者ウィットフォーゲルの著作「解体過程にある支那の経済と社会」「東洋的専制主義」「東洋的社会論」の業績が想起される。ウィットフォーゲルは,何故東洋では千年一日の古代専制国家体制が続き,西洋の様な発展がなかったのかという「アジア的停滞」の原因究明に生涯をささげた。彼の結論はアジア農業における大規模な灌漑の必要性が強大な専制権力を正当化し長期にわたって持続させた原因である。その強大な権力が個の発達を奪っているという,「水力社会」論を展開した。もともと共産主義者であった彼は,農村共同体のもとで個の自立がなされていないアジアで共産党が権力を奪取したとしても,それは古代的専制国家を再現するだけだというロシア革命では否定された少数派の思想家プレハーノフの考えに共鳴していた。今の北朝鮮は典型であるが中国も,個の自立がないままに共産党の強権が進むと,古代専制国家とほとんど変わらなくなってくる。まさしく本来リベラルな思想であったはずの共産主義が東洋に根付いたとたん,専制国家をつくってしまうというウィットフォーゲルの洞察には,先見性があった。

 個の自立を欠き権力服従という中国の人間類型の特徴は,今の中国企業のDNAに色濃く影響しており,政商的ビジネスモデルの背骨になっていると思われる。それが米国の起業家精神を涵養するDNAの対極にあることは明白。今後中国経済が過剰投資の負の遺産で困難化し,権力が経済的に弱体化してくると,この負のDNAが今は隆盛にある中国企業を困難に陥れるだろう。失われた20年の日本のような,困難な時期に相互扶助,チームプレーや自己犠牲で踏ん張るモチベーションが,中国企業から生まれるとは到底思われない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article868.html)

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