世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.859
世界経済評論IMPACT No.859

揺れるEUと「世界経済の政治的トリレンマ」

吉竹広次

(共立女子大学国際学部 教授)

2017.06.19

 フランス総選挙の結果がマクロン大統領率いる前進の圧勝となって,EU支持派には安堵感がひろがった。とはいえ,大統領選ではEU離脱を掲げた国民戦線ル・ペンが一定の支持を集めたように,ヨーロッパでは反EUの極右やポピュリスト政党の台頭が著しい。イタリアの「5つ星運動」,‘オランダのトランプ’ウィルダースの自由党,ベルギー自由党,オーストリア自由党,ブルガリアのアタカ,フィンランドの「真のフィンランド人」党など枚挙にいとまがない。既にハンガリーでは2014年総選挙で圧勝した与党フィデスのオルバーン首相が2期連続で政権につき,これまでのEU支持から反EUに転じ,移民・難民への厳しい対応,憲法改正や憲法裁判所の権限縮小,マスコミへの政府監視強化など民主主義の制限にまで至っており,来年の総選挙に向けて更にこうした傾向を強めることが懸念される。

 こうしたポピュリスト政党は移民,エリートやEUを槍玉にあげ,保護貿易,国境管理強化,労働者の権利保護などの政策を唱える。政策には保守,左翼のどちらともつかないものも多く,伝統的な極右とも異なり,そのことが支持の幅を広げてもいる。

 この背景にはEU発足あるいは加盟後の低成長・失業,格差や貧困の広がりがあり,低所得層の人々の失望,怒りが通底し,これに続発するテロがさらに人種的,宗教的反発を強めている。

 ところで,マンデルの「国際金融のトリレンマ」,すなわち自由な資本移動,金融政策の自律性,為替相場の安定の3つを同時に実現できない(impossible trinity)ことは広く知られているが,プリンストン大学のダニ・ロドリック教授は「世界経済の政治的トリレンマ」の原理を提唱している。これはハイパーグローバリゼーションと国民国家,民主主義の3つは同時達成できないというもので,2つを望むなら1つを諦めることを意味する。ハイパーグローバリゼーションと国民国家の組み合わせの選択はトム・フリードマンの「黄金の拘束服」にあたる小さな政府,低税率,柔軟な労働市場,規制緩和,民営化といった貿易や資本移動に開かれた政策追求となる。これはゲームのルールがグローバル経済の要求となり,社会保障,労使契約にも及ぶ。この選択は経済政策と民主的な国内政治が隔離され,国民の民主的決定の幅が制約される。

 ハイパーグローバリゼーションと民主主義の組み合わせには,政治をグローバルな水準に引き上げ,国民国家を超える民主的政治体をつくる「グローバル・ガバナンス」が必要であり,局所的であるがEUはその事例となる。しかし,EUの‛グローバル・ガバナンス’さえ,EUがルールをどれほど民主的につくっても,共通のルールに押し込むには国家間の多様性が大きすぎることからロドリックは実現できないばかりか,望ましくもないとする。

 ちなみに,フランスのエマニュエル・トッドは,自由貿易と民主主義は両立しないとする。賃金格差の大きい世界で自由貿易を行うと国際的な賃金水準の低下,そして世界規模の需要不足と格差の拡大になるため,国民の生活水準を悪化させる自由貿易は民主主義になじまないというのである。

 ロドリックの議論にもどると,国民国家と民主主義を選んで,ハイパーグローバリゼーションを制約する選択を望ましいとする。これは戦後のブレトンウッズ体制の無差別での関税保護と資本移動規制が相当し,このもとで日本の高度成長や欧州の福祉国家が成立したように,ブレトンウッズ体制は世界経済と民主主義を共に花咲かせたとする。勿論,50・60年代に戻れというのではなく,セーフガードの分配問題,国内規範,社会制度との対立,開発の優先事項などへの拡大,グローバル金融規制,一時的労働ビザ・システムによる労働移動といった新たな枠組みに再編することを提唱する。とはいえ,ロドリックはEUの将来について,政治統合の道は遠く,より低い水準の経済統合への後退の可能性が高いとみている。

 なお,ロドリックの論点には含まれないが,イギリスはEU発足後,貿易赤字が継続し97年以降は急激に増加し,今や米国に次ぎ世界2位の貿易赤字国となっており,EU離脱の背景でもあろう。フランスはEU発足後の数年こそ黒字であったが,ユーロ発足後は赤字となり,赤字幅が拡大している。対照的にドイツは黒字を拡大させ続けており,ユーロ導入諸国の金融・為替政策の放棄がギリシャや南欧の経済的困難の要因であることを示唆している。

 この原稿を執筆中に,独仏首脳が中国を念頭に,戦略的分野への外国投資規制に合意したことが伝えられた。これは貿易・投資の自由というEUの基本精神の変更となるものといえ,EU域内の自由貿易,域外への保護主義という道につながるもの,つまりハイパーグローバリゼーションの修正といえる。ポピュリスト政党の台頭を招いているEU内の課題を考えれば,ハイパーグローバリゼーションを緩やかにして国民国家と民主主義を強化することがEUの安定化につながるといえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article859.html)

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