世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.706

GST導入と「インドは一つ」

吉竹広次

(共立女子大学国際学部 教授)

2016.09.05

 世界で最も複雑といわれるインドの税制にいよいよ改革の動きが始まった。マスコミでも広く報じられているように,州ごとに異なる間接税や物品税,中央販売税,サービス税などを統一する物品・サービス税(GST)導入のための憲法改正案が8月3日上院,8月8日下院で可決された。インド憲法では連邦政府と州が異なる税金を別々に徴収することが定められているため,改正には議会で3分の2以上の賛成が必要であった。もともとは国民会議派のマンモハン・シン政権が2005年に打ち出したものだが,2014年に政権交代したインド人民党(BJP)のモディ首相も公約に掲げてきた。今後は州議会の半数の承認を得て,詳細を盛り込んだGST法案を中央,州で可決する必要があり,予定される2017年4月実施に間に合わないかもしれないが,実現は時間の問題であろう。徴税額よりもコストが多いとされた間接税の統一はインド経済の効率化に貢献しよう。可決後の8月15日,独立記念日式典でモディ首相は「インドは一つ」と述べた。

 税制の統一によりインドを単一市場にする意味ではそのとおりであるが,州ごとに異なるのは税制だけではない。アマルティア・センも指摘するように,インドの29州のなかで,ビハール,チャッティースガル,ジャールカンド,マディヤ・プラデーシュ,オリッサ,ラージャスターン,ウッタル・プラデーシュの7州は総人口の約半分を占めるが,その所得は人口がほぼ等しいアフリカの最貧27ヶ国と大差ない。つまり,インドの貧しい半分は,アフリカの貧しい半分と変わらないのである。他方,50・60年代までは大変貧しい州であったケーララ,ヒマーチャル・プラデーシュ,タミル・ナードゥ3州は現在では所得は最高,貧困率は最低の州グループで,社会開発指標も高い。3州で共通するのは学校教育,保健,電気,水道などの公共サービスを平等な市民権を前提に全住民へ提供したこと,NGOなどの社会運動が活発で,学校,保健センター,「グラム・パンチャヤート」(村落自治体),協同組合という伝統的組織が機能していることなどである。これらによって3州では人的ケイパビティの向上と経済成長が補完的に結びついている。こうしたことも内・外の投資を集め,雇用機会の創出につながった要因の一つであろう。

 独立記念日のモディ演説では,他に「全ての世帯に電気とトイレを」という公約も前進をしているとした。世帯電化率は全国で70%弱,農村では50%程度である。国連児童基金(UNICEF)によると,人口の半数近い約6億人が屋外で用を足すという(バングラデッシュは10%)。

 「世界最大の民主主義国家」だが,富,カースト,宗教,ジェンダー,言語などが絡み合って複雑に分断されるインド社会では,「インドは一つ」は容易ではない。GSTがインドの経済成長に寄与することは間違いないが,教育,保健医療などの公共政策が結局はインドの長期的成長を規定しよう。

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