世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.840

二国間クレジットと石炭火力発電のゆくえ

橘川武郎

(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)

2017.05.15

 2015年11月から12月にかけてパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)は,長期的に産業革命前からの気温上昇を2℃以下に抑え,今世紀後半には世界全体の温室効果ガス排出を実質ゼロにすることをうたった,いわゆる「パリ協定」を成立された点で,歴史的な会合となった。その後,地球温暖化現象に懐疑的なトランプ政権がアメリカで誕生し,パリ協定は水をさされる形となったが,全体としてみいれば,パリ協定の効力は維持されるものと見込まれる(この点については,本サイト『世界経済評論IMPACT』で2017年2月6日に発信した拙稿「トランプ大統領とエネルギー・環境政策への影響」で論じた)。

 COP21は,従来,日本が強く提唱してきた2国間クレジット制度(JCM. Joint Crediting Mechanism)を国際舞台で俎上に乗せた点でも,有意義な会合であった。二国間クレジットとは,例えば,わが国が新興国へ向けて優れた温室効果ガス削減技術を輸出し当該国で排出量削減を実現した場合,その削減への貢献を定量的に評価してわが国の温室効果ガス削減目標達成の一部としてカウントする仕組みのことである。この二国間クレジット制度の成否は,今後の石炭火力発電のゆくえに大きな影響を及ぼす。

 国際的にみて現在でも中心的な電源である石炭火力発電の熱効率に関して,日本は,世界トップクラスの実績をあげており,したがって,日本の石炭火力発電所でのベストプラクティス(最も効率的な発電方式)が諸外国に普及すれば,それだけで,世界のCO2(二酸化炭素)排出量は大幅に減少することになるからである。

 資源エネルギー庁の試算によれば,石炭火力大国である中国・アメリカ・インドの3国に日本の石炭火力発電のベストプラクティスを普及するだけで,CO2排出量は年間15億2300万トンも削減される。この削減量は,2015年度の日本の温室効果ガス排出量13億2100万トン(速報値)の115%に相当する。日本政府は,2030年度に温室効果ガス排出量を2013年度比で26%削減するという目標を掲げて,COP21に臨んだ。しかし,わが国の石炭火力のベストプラクティス(最高効率)を中米印3国に普及しさえすれば,今回政府が打ち出した「13年度比26%削減目標」の4.4倍の温室効果ガス排出量削減効果を,2030年を待たずして,すぐにでも実現できるわけである。

 ここで指摘しておくべき点は,日本でよく聞かれる「高効率石炭火力技術の輸出には賛成だが,国内での石炭火力建設には反対だ」という議論が,成り立たないことである。日本国内で石炭火力開発が行われるからこそ,技術革新が進展し,高効率発電技術が磨かれる。石炭のほぼ全量を輸入するわが国では,その分割高となる燃料コストを少しでも削減しようとして,燃焼効率改善の技術革新が進む。世界最高水準の高効率石炭火力技術は,燃料コスト削減のインセンティブが最も強く作用する日本の地であるからこそ,開発が進展するのだ。

 ただし,全体としてみれば,COP21において,石炭火力について厳しい評価が下されたことも見落とすべきではない。今月,電力小売全面自由化が実施されたこともあって,現在の日本では,低廉な電気を供給する大型電源を求めて,約2000万kWもの石炭火力新設計画がひしめき合っている。これらをすべて認めてしまっては,日本の地球温暖化対策が根底的に破たんしてしまうことは,誰の目にも明らかである。筆者の私見によれば,2030年度までに求められる石炭火力の出力増加は,多めに見積もっても,500万kW程度だろう。なんらかの施策を講じて,2000万kWを500万kWに絞り込まなければならないわけである。

 その施策として,環境省はアセスメントの強化を,経済産業省は省エネ法およびエネルギー供給高度化法の適用を,それぞれ想定している。しかし,これらは,いずれも不十分である。絞り込みの施策としては,高効率石炭火力技術を輸出して海外でCO2排出量を大規模に減らした事業者にのみ,国内での石炭火力の建設を認めるという手法を採用する必要がある。その場合でも,国内のCO2排出量は増加することになる。ただし,その増加規模より海外での削減量の方が上回るから,この手法は,意味をもつ。ここでは,我々が直面しているのは「日本環境問題」ではなく,「地球環境問題」であることを想起せねばならない。

 現在の日本では,石炭火力の建設に環境リスクがつきまとうだけではない。再生可能エネルギー電源の拡大によって,ゴールデンウィーク等にベースロード電源でさえも稼働調整の対象となる事態が生じれば,石炭火力の出力調整という経済リスクをともなうシナリオも起こりうる。そうなれば,ベースロード電源としては,ミドル運用もでき,出力調整能力が高いLNG(液化天然ガス)火力を選択した方が賢明だという,判断も生まれるだろう。いずれにしても,大型石炭火力建設プロジェクトの先行きに不透明感が残ることは,間違いない。

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橘川武郎

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