世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.829

真のポストBrexitは2021年

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2017.04.17

EU離脱交渉の始まり

 2017年3月29日にイギリス政府は正式にEU離脱を通告した。EU側の対応は3段階からなる。第1段階では,4月29日に予定されている臨時の欧州理事会でイギリスとの交渉のガイドラインを採択する。第2段階では,5月3日までに欧州委員会が交渉開始の勧告を発する。第3段階では,閣僚理事会において交渉指令を採択して交渉開始の準備をする。これらの段階を踏むのに一定の時間がかかるため,離脱交渉は2017年6月から2018年10月または11月あたりまでの18カ月間で進められる。2018年の秋には閣僚理事会に対して交渉案が提出され,遅くとも2019年2月までには欧州議会と閣僚理事会で交渉案を承認する。このスケジュールだと2019年3月にイギリスは交渉を終えてEUから離脱する。ちなみに,EU離脱をいったん通告すると,イギリスは離脱を撤回することはできない。

 EU側の交渉の当事者は欧州委員会であるが,Michel Barnierを長とする交渉チームが担当し,欧州議会や閣僚理事会に交渉の状況を報告する。EU離脱に関しては,閣僚理事会では特別特定多数決(strong qualified majority)が用いられる。27カ国中20カ国の賛成が必要となり,通常の特定多数決の16カ国の賛成よりも厳しい条件が設定されている(人口基準はEU27カ国中の65%と通常の特定多数決と同じ)が,1カ国でも反対があれば否決される全会一致ではない。

交渉の行方

 イギリスは2017年1月17日に12の原則,2月2日にその詳細を公表しており,確実さと明確さ,イギリス法のコントロール,連合王国の強化,アイルランドとの関係強化,移民の管理,市民の権利,労働者の権利の保護,EUとの自由貿易,EU域外との貿易交渉,科学技術とイノベーションの促進,犯罪・テロ対策,スムーズで整然としたEU離脱を掲げている。それに対して,EU側の基本姿勢は非公表ではあるが,3月31日のトゥスク常任議長の発言では,人々の権利の保護,企業に対する法的空白の防止,イギリスに対するEUへの分担金の支払要求,アイルランド問題を挙げている。欧州議会では4月5日に離脱交渉に関する決議を採択しており,市民の権利,離脱交渉の他のイギリスとの交渉への優先,欧州議会の関与などが含まれている。

 イギリスがEUの単一市場にフルにアクセスできなくなるのは確実ではあるものの,その面だけを取り上げてハードブレグジットというのは早計ではないだろうか。イギリスは研究開発支援のHorizon2020などの既存プロジェクトには費用を負担することを決めている。EU側もイギリスとの科学技術面での協力継続に期待しており,イギリスが費用負担を継続することを望んでいる。イギリスが少なくとも2019年までのある程度の費用負担をすることはほぼ決まっているといってよく,争点は2019年のBrexit後から2020年までの費用負担とイギリスが直接かかわらない政策への費用負担となる。BrexitによってイギリスとEUとの関係が切れることはなく,どの程度までレベルダウンするのかが今後の交渉を見ていく上での重要な視点である。

なぜ2021年なのか

 貿易や金融パスポートなどBrexit後すぐに影響が出る分野もある一方,研究開発などの分野では影響が出るのがもっと遅くなる。EU条約は,EUに5年以上の中期予算を立てることを要求しており,現在は2014-2020年までの中期予算のもとで様々なプロジェクトが実施されている。イギリスが参加しているHorizon2020やTEN-T(欧州の交通網の整備)などのEUのプロジェクトにも2020年まで継続されるものもあり,EUとイギリスで費用を分担する。その意味では,2019年にBrexitが完了しても,2020年まではイギリスとEUとの関係が続くことになる。これらのプロジェクトに配慮して,独自の政策が控えられることになれば,真のポストBrexitは2021年に始まることとなる。

 EUの次の中期予算は2018年あたりから議論が始まり,2021-2027年の期間で設定されるだろう。イギリスは次の中期予算作成には関与できず,EUが2025年をめどに進めている経済通貨同盟の完成に関わる制度の変更などにも関与できない。イギリスはフリーハンドを得る代わりに,深化を続けるEUよりも早いペースで改革を続けることができるかどうかが問われることになる。

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