世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.823
世界経済評論IMPACT No.823

習近平訪米と米中経済関係の行方

唱  新

(福井県立大学 教授)

2017.04.10

 アメリカの大統領選挙で,トランプ氏の過激な発言により緊張が高まった米中関係は,2月上旬のトランプ氏と習近平氏の電話会談及びその後の米中外交トップ会談を通じて緩和しており,さらに4月6日〜7日の習近平氏訪米などにより新たな転機を迎えることになっている。しかし,これにより米中間のすべての懸案は完全に払拭されるわけではない。今回の米中首脳会談では「北朝鮮の核・ミサイル問題」と「米中貿易不均衡の是正」などは重要な議題となる見通しであるが,経済の面ではむしろ,「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ大統領とグローバル化に前向きな習近平国家主席の攻防の始まりだと見込まれている。

 米中経済関係に関しては,トランプ大統領は2月28日の議会演説では,攻撃的な強い表現を回避したが,自由貿易の「公正」を強調する姿勢は変わっていない。中国への名指しは避けたものの,「現在,多くの国が米国からの輸出品に高い関税や税金を課しているが,われわれは外国製品にほとんど何も課していない」という発言からみれば,対中通商政策の面では,鉄鋼,アルミニウム,太陽電池など,幅広い分野でダンピング措置を通じて,中国からの輸入品に対する強力な取り締まり措置を実施すると同時に,中国の更なる市場開放を迫るのは間違いないのである。

 これに対し,3月15日に中国人民代表大会閉幕後の記者会見では中国の李克強総理は米中貿易不均衡の問題に対し,「対話を通じて,共通認識を醸成し,相互理解を深めた上で,意見の相違をコントロールする」,いわゆる「対話により貿易の不均衡を解決する」という従来の姿勢を表明した上で,「中米関係は雨や風があってもずっと前に進んできた」と楽観視を示した。

 2016年には中国対世界の貿易黒字は5,363億ドルであるが,その中で対米貿易黒字は2,645億ドルで,貿易黒字全体の49.3%を占めており,米中貿易の不均衡は深刻な状態にある。そのため,市場アクセス,関税と非関税障壁の撤廃,為替レートの自由化,資本市場の開放などの面では,アメリカは中国に対し,さらに強硬な姿勢で,中国の譲歩を引き出そうとしており,「不公正貿易」の是正はアメリカの対中通商政策の中心となりそうである。

 一方,アメリカでは報復合戦のような貿易戦争は両国の経済に大打撃をもたらすだけでなく,大国同士の覇権争いにより戦後の国際経済秩序の大混乱を招きかねないという認識をも持っているため,いきなり激しい貿易戦争に突入する可能性も小さいといわざるを得ない。

 これに関しては,トランプ氏の議会演説では「米国は利益が一致すれば,新たな友人を見出し,新たなパートナーシップを築くことを望んでいる。われわれは戦争や紛争ではなく,調和と安定を望んでいる」という発言は意味深いのである。

 現在の米中両国は友好的な「同盟国」でもないが,対立する「敵対国」でもない。政治と経済の分野では深い「溝」がある一方,共通利益もある。両国は「友人」にはなれないが,「ステーク・ホルダ」(利害関係者)であるのは間違いないのである。今後の米中関係の基本方向はアメリカの著名な国際政治学者ジョセフ・ナイが指摘しているように,「トゥキディデスの〔罠〕を回避すべきであると同時に,キンドルバーガーの〔罠〕に落ちないように注意すべき」である。その意味はいまの世界では既存の覇権国であるアメリカと新興大国である中国は武力衝突や過激な経済戦争を最大限に回避すべき,新興大国としての中国により多くのグローバルな「公共財」(public goods)を提供させようということである。

 こういう視点から見れば,アメリカにとっても中国にとっても,お互いに「核心的利益」を尊重した上で,妥協点の見つけにくい問題を棚上げし,折り合いのつく分野で協力するのは最も望ましい現実路線であり,今回の首脳会談は米中間のすべての課題を解決するわけではないが,両首脳の歩み寄りの第一歩となるのは間違いないのである。

 一方,トランプ大統領のTPP離脱や「アメリカ第一」主義による保護貿易の台頭はアメリカ一国だけで戦後の国際経済秩序を支えるリーダーシップとしては限界に来ていることを反映している。このことは中国にとって,アメリカと共同で,既存の国際社会でのリーダーシップを発揮する好機であるが,足元では中国は世界経済秩序のリーダーとして弱いといわざるを得ない。そのために国有企業を含める経済体制の改革により市場経済システムの確立,資本,貿易,為替レートの自由化による国内市場の開放,高度な自由貿易体制の確立及び人民元の真の国際化,米中投資協定の早期妥結などは不可欠である。その上で,長期的には法治国家,民主社会の構築も重要な課題ともなっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article823.html)

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