世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.782
世界経済評論IMPACT No.782

「グローバル人材」教育の意義と問題

佐竹正夫

(常磐大学国際学部 教授)

2017.01.23

 昨年秋田にある国際教養大学を訪問した。キャンパスは秋田市の中心から南東へ20㎞ほど行った森の中にあるが,秋田空港からはわずか5㎞しか離れていない。空港との距離が大学の理念を象徴しているかのようである。国際教養大学は教養学部だけの単科大学で,すべての授業は英語で行われる。学生は,入学後1年間は全員寮で留学生と相部屋で暮らし,2年次から3年次にかけて1年間海外の大学に留学する。それと交換の形で世界各地から留学生が集まる。365日24時間開放の図書館や進学相談を行うアカデミックキャリア支援センターなどを見学して,鈴木典比古学長に面会した。

 国際教養大学は「グローバル人材」を育成するという明確な教育目標を持っている。鈴木学長のいうグローバル人材は,幅広い教養(Liberal Arts)を持ち,自分を確立しながら他者との違いを受け入れられ(個の確立と多様性への理解),外国人と英語で討論し理解し解決できる人材である。(同氏著『なぜ国際教養大学はすごいか』PHP新書,2016年)。

 グローバル人材の育成は,ここ数年政府が推し進めている重要な教育戦略となっている。「グローバル人材育成推進事業」の下で,多くの大学が競って「グローバル人材育成」のための教育プログラムを開発している。政府のいうグローバル人材は,次のような三つの要素を含む人材とされる。要素Ⅰ:語学力・コミュニケーション能力,要素Ⅱ:主体性・積極性,チャレンジ精神,協調性・柔軟性,責任感・使命感,要素Ⅲ:異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティ。これ以外にも今後の社会の中核を支える人材に共通して求められる資質(幅広い教養と専門性,課題発見・解決能力,チームワークとリーダーシップなど)もグローバル人材の要素だという。(グローバル人材育成推進会議「グローバル人材育成戦略」2012年6月4日,p.8)

 このようにグローバル人材の資質や能力は様々な要素を含んでいる。このため「単一の尺度では測り難い」。しかし,「比較的容易に測定できる」語学力・コミュニケーション能力を(「他の要素も伴うことを期待しつつ」)グローバル人材の能力水準の目安とし,段階を,①海外旅行会話レベル,②日常会話レベル,③業務上の文書・会話レベル,④二者間折衝・交渉レベル,⑤多数者間折衝・交渉レベルに分ける。今後はこの中の④と⑤にある人材を継続的に育成して,一定数の「人材層」として確保することが「国際社会における今後の我が国の経済・社会の発展にとって極めて重要となる」と結んでいる。(同報告書,p.9)

 政府の掛け声の下,多くの大学は「グローバル人材」の育成に取り組んでいる。そのためのプログラムには,英語による授業や海外の大学との連携と交換留学などが盛り込まれている。その数はこれからますます増えていくであろう。このような政府の戦略は,大学教育のあり方のみならず初等中等教育にも影響を及ぼしている。グローバル人材育成会議は,英語教育,とりわけ実践的な英語教育の強化や大学入試でのTOEFL・TOEIC等の活用を提言している。後者については,2020年度からの新テストで用いられることになった。小学校における英語科目の必修化もこの方向と軌を一にしている。

 今後政府のいう④や⑤の「二者間,多数者間で折衝・交渉のできる人材」がもっと必要とされることは確かであろう。しかし,このような国を挙げての動きには問題点も潜んでいるように思われる。

 一つは,語学力(英語力)の強化ばかりに目がいって,グローバル人材の他の資質や能力——鈴木学長のいう幅広い教養や個の確立と多様性への理解——をどうやって教育するかが論じられていないことである。国際教養大学はその意味では一つのモデルを示しているが,これは大学だけで負いきれる問題ではなく,教育全体に関わる問題であろう。

 二つは,英語教育の強化が必要であるにしても,それをすべての学生や子供に与える必要があるか,という点である。同世代の約半数が大学に進学し,なかには十分な学力や知力のない学生も入学している。大学生の日本語能力が著しく落ちたといわれて久しい。子供たちにまず必要なのは,英語力の前に母語(日本語)できちんとコミュニケーション(読み書き聞き話す)が取れる能力や「異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティの確立」に必要な「教養教育」ではないか。

 三つは,英語は国際的な共通語であるにしても,他の国の言語も重要ではないかという点である。例えば,私の住んでいる茨城県は中国以外にベトナムやインドネシアからの技能研修生も多い。群馬県にはブラジルやペルーなど南米からの労働者が多い。地域によって交流の深い国は異なっている。大学では近年第二外国語を必修から外す動きがあるが,むしろもっと多様な言語,それも大学が立地している地域と関係の深い国の言語教育に力を注ぐべきではないか。これもグローバル化時代の教育であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article782.html)

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