世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.753

トランプ大統領と困った時の日経

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2016.11.21

 この拙文は先日の米国大統領選を評するものではありません。また,日経新聞を揶揄するものでもありません。悪しからず。

 研究開発の実務に携わっていると,「困った時の日経」という言葉が脳裏をよぎる。「日経」はもちろん例えであり化学工業日報,サンケイBiz,その他なんでも良い。世界的には既にWeb Newsが中心で「困った時のWeb News」である。「花火を上げる」と言う表現もあるが,かなりニュアンスが異なる。「困った時の…」は計画の出口が見えない時に「確実」に進捗しているふりをするためにメディアを使うことを指す。特に,シーズや産業基盤の技術などバリューチェーンの上流に位置する組織が行う場合が多い。企業であると株主や株価対策,新技術の顧客探索,研究機関の場合にはドツボにハマっていないことを示したい場合や,より多くのリソースを得るために行う。もちろん,本当に進捗している技術開発の場合もあるが,「来年度にサンプル出荷を予定して」「3年後を目処に工業化を図る」「◯◯に成功」という語句の場合には疑ってみる必要がある。

 「困った時の…」はパチモンの可能性大だが意外と影響力が大きい。論文発表が併記されていてもその趣旨が発表とずれている場合も多々ある。詳細な背景が判らないので検証しようにも不可能で,質問されても適切な説明ができない。組織の上層部は文系や専門が異なることがほとんどで,記事に接した時に一騒動を起こし,関係担当者は半日から1週間程度無駄な時間を費やすことになる。これが一企業や研究機関なら大した被害にはならないが,時として国や世界レベルで大騒ぎをすることがある。消費市場ではスイーツやグッズなど,バラエティ番組や通販CMで仕掛けて話題作りを行い,飽きられ自然消滅で済む話だが,科学・産業技術でこれをやられると屍累々になる。有名な事件の一つに,IBMの有力研究員が学術誌Scienceで2000年に発表したフラーレンの超電導騒動がある。フラーレンは炭素原子がサッカーボール状に60個以上配列した球状ナノ炭素でかなり特徴的な性質を持っている。このフラーレンが高温(−221℃,のち−100℃)で超電導を示すことが発表された。本当ならば科学技術・産業的にも大発見なので,多くの企業や研究機関が大慌てでリソースを投入して追試を行い,「確かめられた」報告もでてきた。また,フラーレン超電導は安全保障にも繋がる問題であった。しかし,内部告発もあり一連の論文の信頼性が疑われて,発表した研究者が虚偽を認めたため論文誌からその論文が抹消された。この騒動はIBMという看板が大きな役割を果たしたのだが,当時のIBMの信頼性から世界中の研究者が即座に疑義を声高に唱えられなかった。結果的に,偽造であることを突き止めるために10億円以上の費用が費やされた。これは各企業が奔走した費用は含んでいない。トランプ氏の大統領選挙当選直後の東京株式市場ではないが,結構いいかげんな情報で巨額の資金が動くのである。

 米国大統領選挙中のトランプ氏の暴言について多くの論評がされている。人種の対立を顕在化させたようなパンドラの箱を開ける内容もあった。しかし,科学技術に携わる立場から見ると,世界的に正しいとされていることに躊躇すること無く疑問を挟んだことも確かである。科学技術でもPolitically Correctとして疑問を挟むことが非難されることについて,思いつきかも知れないが発言した。ITの発達により情報は容易に得られる時代になったが情報の質の検証は難しい。データの質を検証する方法無くしてビッグデータで何事も解決してしまう論説はPolitically Correctになりつつあるが,多分にIT企業のマーケティング戦略ではないかとの疑いを持ってしまう。マネーの論理の短期成果主義の下で研究者や技術者がプレッシャーを掛けられている状況では,「困った時の…」は増えることはあっても減ることは無い。技術と品質を標榜していた我国の企業が傾いていくのを毎年見ているではないか。製造業の基盤が砂上の楼閣になったら経済は確実に崩落する。政治的な側面とは別に,トランプ氏が体現した「ソレを言っちゃおしまいよ」的に声をだす姿勢が必要な時が到来したのかもしれない。

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