世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.750

アジア太平洋地域における貿易協定の動向と若干のコメント

石戸 光

(千葉大学法政経学部 教授)

2016.11.14

 先日(2016年9月16日),外務省系のシンクタンクである日本国際問題研究所にて開催のTPP関連セミナーに陪席し,ウェンディ・カトラー氏(元USTR次席代表代行)をはじめとしたTPP関連の交渉当事者および識者を招へいした討議を拝聴させていただいたが,同氏によると,自分はすでに米国政府の職にないが,個人の見解として,TPPはオバマ政権のうちにきっと議会承認がなされるだろう,とのことであった。もしそうであるならば,「日本だけが先を急いでTPPを国会承認しても意味がない」という構図にはならず,むしろメガFTAとしてのTPPの承認が米国,日本をはじめ参加各国においてなされ,それが「ドミノ効果」となり,アジア太平洋地域の他の自由貿易,より具体的にはASEANを中心とした東アジア地域包括的経済連携(RCEP)および日中韓自由貿易協定の交渉促進に寄与することが現実的に予想される。

 仮に事実の問題としてTPPが発効となった場合,まず日本の状況に関しては,やはり農産品の販路をTPP参加国の市場に求めていくことが現実的対応であろう。つい先日,コメどころの1つとして有名な新潟県十日町市にて農業関連の若手経営者の方々と意見交換をさせていただいたが,外国からの農産品の輸入急増という意味でTPPへのいわゆる警戒感は当然持ちながらも,サービス貿易の1つである小売サービスもTPPによって開放的な市場環境となり,日本の農産品の輸出先が拡大する可能性についても,TPPへの現実的な対応として関心を示しておられた。TPPへの賛否両論がある中でも,TPPが発効した場合の現実的な対応策を検討することは決してTPP賛成論に妥協することではなく,新潟県の米をはじめ,ぜんまい,わらびなどの珍味を海外における新たな特産物としていって頂きたいと思った次第である。

 次に中国に目を向けると,国内の不動産価格が上昇をし続けており,同時に「リスクの目安」としてのクレジット・デフォルト・スワップ(credit default swap: CDS)の数値もここ数カ月間で全体として上昇傾向にある。不動産への実需が旺盛であれば,当然不動産価格は高止まりして不動産バブルがはじけるといった事態には至らないのであろうが,一方で鉄鋼をはじめとした工業製品への実需も周知のように低迷しており,予断を許さない時局である。中国はTPPの域外国であるため,RCEPや日中韓自由貿易協定をはじめとした貿易協定によって景気減速の懸念を払しょくし,実需としての輸出を増加させたいことは言を俟たない。

 韓国においてもTPPへの関心は高く,仮に遅れてでもTPPに参加することによる「追加的な自由化」が求められないかどうかが懸念点ではあっても,TPP参加自体にはかなり意欲的である(冒頭に述べたTPP関連のセミナーでもそのことが韓国人の政府関係者から言及されていた)。筆者は時々,韓国における貿易関連の国際カンファレンスに貿易専門家として招待されることがあるが,ここ数年のトピックとして,中小企業の輸出促進の観点が非常に重要となってきている。韓国においても,米韓FTAの発効後,自由貿易協定から利益を受けることのできる環境づくりが現実的な政策課題となっている。そして日中韓自由貿易協定がTPPやRCEPなどの貿易枠組みに先行する状況ではないため,最も先行しているTPP参加への期待感は,懸念を含みながらも大きい。

 ASEANについては,2015年末にASEAN経済共同体(AEC)が発足し,次の政策課題として,次の節目である2025年に向けたAECの深化と,RCEPによる自由貿易圏の拡大の双方が志向されている。そしてTPPに関して,例えばタイではソムキット副首相の主導によりTPPへの参加を「積極的に検討」する旨が2015年11月に既になされている。ASEAN諸国においても,(筆者はやはりASEANにおける国際カンファレンスに招かれることが時々あるが)貿易自由化によるメリットを得るための現実的な対応策が,GVC(グローバル・バリュー・チェーン)やTiVA(付加価値貿易)などのキーワードを主軸に活発に討議されている。

 以上,米国のウェンディ・カトラー氏による「TPPの米議会での承認の可能性が高い」旨のコメントをもとに,一研究者としてアジア太平洋地域を取り巻く貿易体制に関する雑感を記してみた。

 EUにおいて英国の離脱(Brexit)が進められようとしている現在,アジア太平洋域において,「個別国間で異なり,また同一国内でも地域ごとに異なる現実的利害を考慮した上で,しかも全体として統合プロセスを円滑に進めていけるのかどうか」,という点は,やや大げさかもしれないが,主権国家間の経済統合というものの辿る歴史的プロセスとして重要な論点である。TPPの発効をめぐる論議が国会においても再浮上している中,各ステークホルダー(利害関係者)がそのような「歴史的重要性」も考慮した上で,振り返って有意義であったといえるようなコミットをしていかれることを願いたい。

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