世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.699
世界経済評論IMPACT No.699

分野により「質」の差:RCEP交渉

石川幸一

(国際貿易投資研究所客員研究員,亜細亜大教授)

2016.08.29

 東アジア包括的経済連携(RCEP)は2016年末までの妥結が目標となっているが,8月の閣僚会議でもインド・中国とその他の国の主張の隔たりが大きく,共同声明を出すことができないなど年内妥結の見通しは不透明となっている。交渉の内容は明らかでないため,報道を利用して交渉の状況を探ってみたい。

懸念される物品貿易の自由化レベル

 RCEPの自由化は,「ASEAN+1FTAを相当程度改善した,より広く深い約束」を目標としている。ASEAN+1FTAの中では,ASEANインドFTA(AIFTA)が70%台という低い自由化率(関税撤廃率)となっている。AIFTAでは,ASEAN側ではインドネシアが48.6%と極めて低い自由化率となっているほか,マレーシア,ミャンマー,タイが70%台の自由化率である。

 2015年8月の第3回閣僚会合では,物品貿易のモダリティが合意され,自由化率を協定発効時に65%,発効後10年で80%とすることになったと報道された。インドの報道では,インドが2015年11月の一連の首脳会議直前に提出した案で,インドはASEANに対して80%(65%即時,残り15%が10年間,日本と韓国には65%,豪州,ニュージーランド,中国には42.5%の関税撤廃率を提案している(注1)。これは,3層方式(three-tier systemと呼ばれている。なお,インドに対しては,日本と韓国は80%,中国は42.5%,豪州は80%,ニュージーランドは65%を提案している。

 インドの提案は,ASEANに対しては2015年8月の合意に従っているものの,その他の国に対してはさらに低いレベルである。インドの低レベルのオファーに合わせる形で中国,ニュージーランドとも低いレベルの提案となっており,ASEAN+1FTAを相当改善したレベルとはいえない。また,インドの提案を認めると,第1回閣僚会合で合意した共通譲許ではなく,個別譲許になる。インドの主張は中国が支持し,韓国も同調していると報じられている。

投資では高い質の協定案を交渉

 交渉内容は明らかにされていないため真偽は不明だが,海外報道によると投資では質の高い協定案が出されている(注2)。リークされた投資章のテキストによると,内国民待遇については設立段階の内国民待遇が認められている(注3)。ASEANと中国の投資協定など中国の締結した投資協定には設立段階の内国民待遇の規定はなく,RCEPにより中国は初めて設立段階の内国民待遇を認めることになる。

 パフォーマンス要求の禁止については,TPPとほぼ同じレベルであり,TPPの特定技術利用要求が含まれていない一方で,本部設置,自国民雇用,研究開発などTPPに入っていない要求の禁止が盛り込まれている。また,経営幹部の国籍要求の禁止がTPPと同様に別の条文として含まれている。ISDSも詳細に規定されている。

 リークされた協定文案は交渉中のものであり,最終的にどのような形になるか判らないが,ASEAN+1FTAの水準を超え,TPPの影響が見られるのは確かであり,「TPPルールのRCEPへの移管作業」(助川:2016)が行われている(注4)。

 このように物品貿易では極めて低い自由化水準を巡っての交渉となっているが,投資ではTPP同様なレベルのルールを盛り込んで交渉が行われるなど,分野により「質」が異なっている。知的財産でもTRIPSプラスの協定案を交渉していると報じられている。日本は,豪州,ニュージーランド,シンガポールなどとともに高いレベルの協定の実現に向けて交渉を主導することが期待される。

[注]
  • (1)Business Standard June 24,2016, ‘China backed Asean oppose India’s stand on RCEP’
  • (2)Deccan Herald. August 3,2016,‘RCEP meet: focus on investor-state dispute’( http://www.deccanherald.com/content/561863/rcep-meet-focus-investor-state.html 2016年8月アクセス)
  • (3)助川(2016)「ASEANのFTA構築作業と変わる生産ネットワーク」『世界経済評論』2016年1月/2月(通巻682号)40−42ページ。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article699.html)

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