世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.683

「産業政策」の意義(その2)

三輪晴治

((株)ベイサンド・ジャパン 代表)

2016.08.01

中国の国家戦略

 ではどうすれば産業政策が国の経済の発展につながるのかであるが,その前に少し最近耳にした動きを見てみたい。

(1)中国の半導体産業の戦略

 中国の半導体産業の国家戦略について,こんなことを聞いた。

 2015年の春から中国の上海に何回が訪れた。中国の半導体設計会社と提携して中国の仕事をしようと話し合いをしたとき,半導体の新しいプロセス技術(FD−SOI)のシンポジュームがあり,それに参加してみた。中国政府の要人,中国半導体企業のトップ,大学の要人が参加していた。ある政府要人はそのシンポジュームのキーノート・スピーカーの一人として,中国の半導体産業の国家戦略を極めてシンプルに説明していた。

 中国のこれからの経済,産業の発展にとって,半導体産業は極めて重要な位置を占めると考える。半導体産業なくしては中国の産業の発展,中国社会発展はあり得ない。現在中国は世界のスマホの50%の生産している。しかしそれに使う半導体を殆ど外国から輸入している。半導体の国産は数パーセントしかない。輸入している半導体の額は,中国が輸入している石油の額よりも大きい。この半導体を2020年には国の全面的なバックアップで全部国産化する計画である。国家戦略として国としても膨大な投資を続ける。そしてその計画は十分達成可能であると見ている。

 中国はこれまで半導体後進国と見られていたが,現在の中国の先端を走る企業の半導体技術はかなりの水準のものに達している。技術屋と経営者はアメリカ帰りである。すでにIntelも中国に工場を持っている。

 ところが別の人の話しでは,半導体メモリ,とくにスマホに多く使われている先端の「フラッシュメモリ」にも中国は進出するという。中国のその狙いは,なかなか凄いものがある。本当に中国がそこまでやれるのか分からないが,こんなことを狙っているのだという。

 DRAMがメインフレームコンピュータ用であった時,日本は国を挙げて高品質の製品を開発し,インテルを追い落として世界一になったが,やがてDRAMの主要な市場がメインフレームコンピュータからパソコンにシフトした。言うまでもなく,パソコン用のDRAMは品質要求がはるかに低いものであり,コストも安いのが求められた。しかし日本はあくまでも高品質のDRAMにこだわり,量産規模を上げることでコストを下げようとした。このためにアメリカのマイクロン社,韓国のサムスンに日本勢はやられてしまったという苦い経験がある。その経験を生かそうということである。

 フラッシュメモリは,書き込み速度が速く,高集積化ができるもので,高い安定的なメモリ性能が「モバイル商品」には必須のものになった。今韓国のサムスン,アメリカのマイクロン,サンディスク,日本の東芝が頑張っている。しかし今クラウドをバックにして,フラッシュメモリの要求仕様が変わると言われている。つまりこれまでのフラッシュメモリの高い安定的なメモリ性能ではなく,むしろ「アクセススピード」が重要になる。そうなるとこれまでのフラッシュメモリの進化した3次元構造にして生産工程を変えて大きな差別化をする。この機をとらえて中国半導体企業がアメリカの企業と手を組みこの分野に突入するというのだ。かつてのDRAMの教訓を生かそうということである。これも中国の「産業政策」としての戦略である。

(2)中国の自動車産業の国家戦略

 上海に行ったとき,中国政府要人とパーティでの話で聞いたものであるが,中国にとっても自動車産業は極めて重要な産業であると考えている。

 その中国の要人はこのように説明してくれた。中国の自動車産業は,ハイブリッド車ではトヨタに勝てないと思う。またハイブリッドはガソリンエンジンとモーター,ジェネレーター,トランスミッションが要り,これを全体の整合性を旨くとり製品に仕上げる技術は高度のものを必要とする。このようなハイブリッド車では中国はトヨタに太刀打ちできない。ところが中国で長い間進めてきた電気自動車でなら,トヨタや外国勢と戦える。しかもハイブリッドは基本的にはコスト高な商品である。外国勢と競争して勝てる分野で勝負をするというのだ。孫子の兵法の通りをゆく。日本は負けると分かっていても玉砕にでる。アメリカの自動車の専門家も,中国の要人と異口同音に言っている。GMもトヨタとハイブリッドでは戦いたくないと考えている。勝てる戦略商品は電気自動車であると。そのために,アメリカのカリフォルニア州は,ハイブリッドを「エコカー」ではないと断定し,2020年以降は,ハイブリッド車の販売を禁止するとしている。アメリカのこれまでのやり方からすると,カリフォルニアの規則はアメリカの全州に広がる。自分の大きな市場を持つ国は,自国の独自のエコカー,スマートカーの定義をして,他を締め出すという産業政策がとれる。大変シンプルな戦略,産業政策の思考であり,シンプルなほど展開がしやすく,成功率は高い。

これからの日本の産業政策はどうあるべきか

 以上のように,日本の「産業政策」と他の国の「産業政策」の事例を見てくると,日本のそれに幾つかの問題があることが分かってくる。

 第一に,国の経済発展には国による「産業政策」は重要であり,アメリカに言われたからといってそれを放棄してはならない。成功する「産業政策」は何かを究明しなければならない。それは大企業も中小企業も,独自では大きなリスクが伴う大きなイノベーションでの新しい主導産業を興すことは不可能に近いからである。

 第二に,日本にとって重要なことは,地球規模の視野が必要だということだ。日本人は「広場恐怖症」を持病として持っている。これまでの日本の失敗の一つがそこになる。即ち世界全体を見据えたビジネス・モデルを展開しなければ最終的に生き残れないことだ。これからのビジネスは一地域に限定したものでは成り立たない。グローバルに展開できる仕組みを持ったものでなければ,殺されてしまう。これまで新しい商品は日本では,日本市場を中心に考えている。特に日本企業は国内の大口顧客企業のニーズを満たそうと製品開発する。日本の経営学会も日本産業界も「企業の国際競争力の源泉は本国市場での競争から得られる」としてきた。そのために「世界標準」を獲得するという意思が日本では大変弱い。いろいろの世界標準の獲得で日本は負け続けてきた。「誰か早く世界標準を決めてください,決まったら日本は最も安いものを造りますよ」というスタンスであった日本は負けるのが当然であった。

 第三に,日本は技術が優れていれば産業として成功すると考えているが,大きな間違いである。市場のルールの戦略的変更,ゲームのルールの変更,仕掛け合いが産業政策の重要な要素となる。勝てるビジネス・モデルは何かを問うことである。

 第四に,アメリカ,中国は自分の大きな市場をベースに戦略,ゲームのルールを創り,なおかつグローバルな展開をする。これはアメリカ,中国の大きな強みである。自国市場の小さい日本,韓国,台湾などは,初めから世界全体を対象にし,しかも相手の国々にベネフィットをあたえ,巻き込んでゆく戦略を展開しなければ成功しない。

 第五に,日本では,これまでの政府主導の産業政策のプロジェクトはテーマを募って,公共の資産の売却の入札のように,多くの企業に公募するような形にする。そのために公募の対象になるように,平均的な,常識的なテーマとなる。しかしそのようなテーマでは,世界に打って出れるものにはならない。多くの企業が参画するので技術の所有が分散し,そして技術の適用の仕方がまちまちになり,日本の産業として世界の標準になるものにはならない。

 第六は,日本は改良する力はあるが,新しい産業,商品はパラダイムシフトが必要になる。馬車はいくら並べても汽車や自動車にはならない。シリコンバレーの合言葉は「世界を変えるような製品」の開発である。これからのイノベーションとしての産業政策は,クリステンセンが言うような同じ市場,同じドメインでの新しい技術,新しい商品ではない。これまでになかった新しい市場を創造するイノベーションである。これが必要である。

 クアルコムのジェイコブス社が携帯電話とデータタブレットをテープでくっ付けて,「これが欲しいんだ」と叫んだような新しいコンセプトのもの。ジョッブズの「自分のコンピュータ」,iPodの閃き。ラリー・ペイジとアンディ・ベクトルシャイムの「世界の知識情報の構造化」。日本の小倉昌男氏の「宅急便」への情熱である。こうしたパラダイムシフトが重要である。

これからの国の力

 事実として,科学・技術には二面性がある。東洋の思想では,これを「三性の理」と呼ぶ。科学・技術は使い方により平和産業にもなり,兵器にもなる。産業社会が成り立つのは平和が前提になる。ここに平和への強い意思がいかに大切かが浮かびあがってくる。

 従って,これからの国威はGDPの大きさではなく,「経済力」という意味での国の「科学・技術開発力」である。ここでは,特に科学・技術開発「力」であることに留意しなければならない。2010年に日本が中国にGDPで抜かれてから,中国はこれまでの鄧小平の「韜光養晦」(とうこうようかい)の精神を捨て,いろいろと日本に難題を吹きかけてきている。これから中国とGDPを競うことはできないが,日本の「科学・技術開発力の強み」を示すことである。こうした考えのもとに優れた「産業政策」による真の「国の力」が重要になる。大きなGDPを競ったり,戦争ができる国にすることではない。世界的な長期経済停滞の中において,これからいよいよ国を挙げて「産業政策」を競う時代になる。

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