世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.661

金の卵を産むニワトリ

鶴岡秀志

(信州大学COI 特任教授)

2016.06.27

 経済界は常に金の玉子を産むニワトリを求めている様に見える。その手段の正当化とプロトコールを追求するのが,それぞれ経営学と経済学なのであろう。この有名なイソップ寓話は今でも示唆に富む。日経ビジネスOn Lineの宗像氏による連載「オレの愛したソニー」を読むとその思いを強くする。ソニーが上市した多くの技術は現在の先端技術の規範になり,アイデアは多くの会社に受け継がれている。ロボット技術の多くはソニーAIBOの延長線上でしかないし,ソニーの光学技術無しではスマホも電子顕微鏡も存在し得ない。Apple Payを賞賛する一方でフェリカ(スイカ)は古臭いと言い募る人々に悲しみを感じ,我国一部言論人の自虐性が経済界にもあると思い至る。過去のある時点でソニーのカリスマと崇められたトップがソニーの良さ(ニワトリ)を解体してしまったことは,このイソップ寓話そのものである。また,多くの経済人やメディアがその経営者を囃し立てていた誤謬も再認識しなければならないであろう。

 科学者はお金の話をしないことが崇高であるというお伽話が,未だに我国の多くの科学者の支持を得ている。イノベーションを期待されている産官学連携R&Dが機能しないのは,科学者が産業という出口より科学の探求の名目でタコツボ化してしまうためという指摘は正しい。科学者は軍事技術と距離を置くべきであるという態度は一見平和のための崇高な論理に見えるが,軍事と民生技術が表裏一体になっている現代の産業技術から見ると社会に貢献できない言い訳とも聞こえる不思議な議論である。科学者が産業を創出することを自ら放棄している論理である。米国のベンチャービジネスを見ていると,エジソンの時代と異なり発明と実用化は別物であることが判る。科学者の立ち位置を再検討してなければならない。これを新たな活力とするか日本の産学官連携の終焉と見るか,経済専門家の方々の意見をうかがいたい興味のある問題である。

 金の玉子は国力の均衡を崩す技術であることが多く,結果的に経済構造と国家の枠組を根底から変えてしまう。イスラエルの技術開発は「明朝,確実に敵襲なので払暁までに策を講じる」式で,時間軸を持ったリソース集中型である。最近の成果である衝突防止技術が自動車自動運転を一気呵成に進め,近未来に産業構造変革を導く引き金となった。富士重工を除く多くの自動車メーカーはこの技術を商業化した独コンチネンタルの装置とソフトを利用している。このケースが発明と実用化の担い手は別であったことに注目したい。金の玉子を産むニワトリをコンチネンタルが獲得して,自動車会社はその玉子を買うためにお金を払っているのである。某日本の大手企業が「オレでもできた」と言ったそうだが,ならば,先に製品化するべきであった。攻め込まれてから対応を指示する指揮官は失格である。

 歴史を紐解くと面白い事実がある。機関銃を発明したのはドイツであるが,本格的に実戦で使用したのは日露戦争旅順攻防の日本陸軍であった。ロシアに比べて国力の遥かに劣る当時の日本陸軍が考えた戦術だったのである。旅順攻防はさながら列強諸国の技術見本市見学会のようであったことが伝えられている。日本は昭和初期にも航空母艦を主軸にして艦隊を組成する航空機動部隊という「ソフトウエア」を世界で最初に編み出している。現在は,米国が唯一空母機動部隊を運用して世界の海洋覇権を握っていることは承知の通りである。これも,第一次大戦後のロンドン海軍軍縮条約により,戦艦のトン数の大幅削減を余儀なくされた日本海軍が,当時は開発途上の航空戦力の活用を具現化したものである。かつては,我国にも「明朝,敵が攻めてきたら…」の意識があり,それが革新的アイデアを産み出していた。しかし,革新的アイデアを潰すのが日本のマネージメントの慣わしであることも事実である。ソニーに見られるような,「目を摘む」経営を諌める戦略と投資を官民挙げて考えなければ次の「失われた25年」が来るだろう。

 アベノミクスで経済が幾分好転している我国は苦しくないし,日々の暮らしに差し迫った脅威は無い。しかし,世界は動き始めていて何が起こるか予測が難しくなってきている。今こそ,生き抜くための金の玉子を産むニワトリを「明朝の敵来襲」のためにお金を使う時である。具体的には破壊的イノベーションをもたらす技術を開発中のベンチャー・中小企業に直ちに資金を投入して,持続的な産業経済発展への起爆剤とすることが必要である。

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