世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アメリカ大統領選挙にみるポピュリズム:not「清貧のすゝめ」,but「清富のすゝめ」
(熊本学園大学 名誉教授)
2016.03.14
19世紀『アメリカのデモクラシー』を著した若きフランス人,トクヴィルは21世紀アメリカの大統領選挙をどう見るだろうか? 現下のアメリカの大統領選挙を見るとアンビバレントな思いを抱かざるをえない。寒冷下,列をなして投票の順番を待つアメリカ人に「草の根民主主義」の健在を見る思いである。他方,トランプ氏のまさにヘイトスピーチに熱狂する支持者の様を見ると,世界中の心ある人々は「アメリカのデモクラシー」のレベルに暗澹たる思いを抱かざるをえないだろう。ポピュリズムここに極まれりと。
サンダースの躍進には,世界的ベストセラーとなった『21世紀の資本』を著したトマ・ピケティはもちろん,トマ・ピケティの「格差社会論」を支持し,追随した多くの日本の識者も大いに満足なことだろう。マッチョなアメリカ人と対照的なサンダースを支持する人々を見ると「自由」と「寛容」を尊ぶ良きアメリカにほっとする思いもある。しかし,サンダースの主張は自由主義経済に対する真っ向からの否定である。端的に社会主義の亡霊である。トマ・ピケティの「格差社会論」の含意も資本主義経済の本質に対する浅薄な理解,認識である。
「格差社会論」批判には羨望や妬みと言った「退嬰的なマインド」が匂う。格差告発は正義であり,格差肯定は不正義であるという先見がある。知力の乏しいインテリ,特に日本のインテリは格差肯定をおそれる。かつてレーニンは,共産主義者は自らの見解を表明することを恥じてはならないと言った。自由主義者は自由主義の真髄を吐露することに躊躇してはならない。「丸い三角」は口先では言えても現実には存在しない。現実は「○か×」である。
「格差社会論」にもポピュリズムの気配濃厚である。経済学はアダム・スミスに始まり今日まで,パイをいかに分けるかと言う分配問題を根本問題としていない。分配問題は生産力問題に追随し,パイをいかに分け合うかではなく,パイをいかに大きくし,魅力あるものにするかが根本問題である。分配問題は生産のダイナミズムな発展の中に活路を見出す。所得税と相続税の累進性は資本主義の協同性,社会性からして合理的だが,過度な累進性は時に経済のダイナミズムと人材の流出という代償を払う。
パイを大きくし,魅力的にするには経済のダイナミズムが基本である。競争と個人の自由な創造的活動が経済のダイナミズムの基本である。個人の自由な創造的活動が市場に受け入れられれば大きな報酬によって報われることは市場の原理である。世界最高の資産家,富豪であるビル・ゲイツを告発する人をあまり知らない。彼は世界中の人々に市場を通してIT革新の成果を分配した。世界中にその恩恵に浴さない人はいない。
五木寛之の代表作に『青年は荒野に向かう』があった。青年は自由と夢を求めて荒野を走り続ける。今なお,世界中の野心的な,エネルギッシュな若者は「アメリカという荒野」に向かう。そこには「荒野」といえども,自由を基本とする資本主義のダイナミズムがあるからである。
東京大学の丸山知雄教授は中国経済・社会の根本問題を的確に指摘している。アメリカ資本主義との対比できわめて示唆的である。
「中国では創業が活発だが,独創的なビジネスは必ずしも多くない。中国がまだキャッチアップの途上にある中進国であることも一因だが,根本的には言論などの自由が保障されていないことと無縁ではないだろう」(日経,2/25日)。偉大なる啓蒙家,鄧小平が存命であれば,中国の拝金主義を批判するより,「早く豊になった者はもっと豊になれ」,「ビル・ゲイツは中国には未だか」と嘆くことだろう。
熊本にスケールの大きなアジア主義者,紫垣隆(1885~1968年)なる人物がいた。彼は次のように喝破した。「清貧は悪くはない,然し一番いいのは清富だ。清貧なら誰にでも出来る。人間大いに為すあらんと志ざすならば,須らく清富を心懸けなければならない」。『清貧のすゝめ』とは社会的一線を引退し,体力も,知力も失せたそこそこの裕福な老人のそこそこの生き方である。世に問うほどの生き方ではない。『清富のすゝめ』こそ世に問われなければならない。「若者よ荒野をめざせ,清富をめざせ」と言いたい。
アメリカには大富豪の名を冠した研究所,大学,美術館,博物館,財団があまたある。「虎は死して皮を残す」。「大富豪は死して清富を残す」。
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