世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.577

人口減少社会のすゝめ

川野祐司

(東洋大学経済学部 准教授)

2016.01.25

AIとジョブレスリカバリー

 2015年12月に野村総合研究所が「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」というプレスリリースを公表した。これによると工場内の仕事や単一の業務に携わる仕事が今後10ー20年の間に代替される可能性が高いが,医師などの仕事は代替されないだろうとしている。これはイギリスの研究をもとにしており,イギリスでもイングランド銀行のエコノミストが,業務では事務や製造,業種では介護やレジャーなどでは自動化が進むとしている。

 21世紀に入ると先進国でジョブレスリカバリーが見られるようになった。景気が回復して企業の投資が増えるが,これらの投資は労働力を節約するために,雇用の力強い回復が見られなかった。近年は技術の発展により,機械やAI(Artificial Intelligence)が代替できる仕事が増えつつある。日本のような人件費の高い国では,今後も労働力節約型の投資が増加し,低スキル労働は駆逐されていくだろう。

 このような状況の下では,AIでは代替しにくい職を得られるように教育水準を引き上げることが処方箋とされている。一方で,GDPを増加させるための手段として人口の増加も叫ばれている。この2つの処方箋は両立が可能だろうか。

DIは人間の創造性も代替する

 深層学習人工知能(Deep-learning Intelligence:DI)はAIの機能に加えて,自らインターネットにアクセスして情報を集めて学習する。Googleが猫を知らないDIに学習させて猫の画像を認識させたことで有名になった。現在は画像認識などに利用されているが,インターネットに接続して大量のデータを取得するDIの学習方法は様々な方面に応用されるようになるだろう。

 例えばDIが医療現場で診断に使われるようになると,DIは自らの担当患者のデータをこれまで蓄積されたデータベースに加えるだけでなく,世界中のDI同士で情報を交換し,電子ジャーナルの最新の論文にも目を通す。血液検査の結果だけでなく,患者のDNAをはじめとする膨大なデータを判断材料にし,人間よりもはるかに正確な診断を下すようになるだろう。このような処理では人間はDIに勝つことができず,DIは人間のように体調や精神状態による誤判断や保身のために診断を変えることもない。コストや時間も大幅に削減され,患者はスマートフォンなどで診断結果をいつでも閲覧することができる。

 このような社会では,人間が行う仕事はますます少なくなる。ドイツではIndustry 4.0の取り組みが進められている。現在はプロトコルの統一化などが行われているが,DIが加われば人間が介在する場面はより少なくなる。DIの開発もDI自身が行うようになるだろう。人口増加政策の下での教育水準の向上が雇用問題を解決できなくなる日は遠くない。

今こそ集計量の呪縛から解き放たれるとき

 日本はGDPの絶対額を経済政策の目標に掲げている。人口の増加が実現すれば,目標は容易に達成できると考えられている。しかし,これは20世紀のように多くの人が十分な所得を得る職に就けることが前提となっている。これまでは技術の向上は低スキル労働を代替してきたが,今後は高スキル労働も代替されるようになる。日本の教育水準が高いかどうかはさておき,教育水準さえ向上させれば高スキル労働者が増加して経済が活性化するというのは幻想になりつつある。

 何が問題なのか。問題は教育水準の向上ではなく,人口の増加を志向する政策にある。現在の日本では労働力が不足しているがこれは一時的な状況にすぎない。労働は機械やAI,DIなどに徐々に代替されていくが,人件費よりも機械やDIが安くなると代替は加速する。人間が担当する仕事はますます少なくなり,運良く仕事に就いた少数の人と仕事に就けずにセーフティーネットに頼る多くの人々に分かれ,二極化が進んでいく。「ユートピア」では生産性の高い世界で人々は生産物を提供して他の物資を手に入れることができるが,現実世界では人々が雇用につけないために提供できるものがなく,運のいい人の負担に頼らざるを得ない。このような社会が持続可能かどうか大いに疑問の余地がある。職に就ける人と就けない人との格差は拡大し,社会はより不安定化するだろう。

 このような状況の下では,人口の減少が処方箋となる。子供の数はこれまでよりも少なく,そして彼らが確実に職に就けるように教育を施すことが必要となる。GDPのような集計量は政策目標としては不適切であり,新しい指標が必要になる。当面は政府支出を除いたGDPを用いた「民間1人当たりGDP」を政策目標にするべきだろう。人口の減少,1人1人がきちんと職に就くこと,効率の悪い政府部門の拡大を防ぎ民間の力を強めることが民間1人当たりGDPを増加させる。我々は発想の転換を迫られており,社会保障など人口増加を前提としたシステムを根本から組み替えなければならない。人口増加による経済問題は遅かれ早かれ他の国でも問題になる。世界に先駆けて転換に成功すれば,日本は今後も長く競争力を発揮することができるようになるだろう。人口が減少し始めたことは日本にとってマイナスなのではなく,チャンスなのである。

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