世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4188
世界経済評論IMPACT No.4188

中国の経済的エスカレーションのジレンマ:もし中国が台湾を攻撃したら

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2026.02.02

 本稿では,拙稿「もし中国が台湾を攻撃したら」(No.4183)にて紹介した,米国ドイツマーシャル財団(GMF)から刊行された『もし中国が台湾を攻撃したら(If China Attacks Taiwan)』(60頁)の「序章」に続いて,ローガン・ライト(Logan Wright)およびチャーリー・ヴェスト(Charlie Vest)により執筆された,第1章「中国の経済的エスカレーションのジレンマ」を援用し,紹介する。

 ここでは,「重要なのは,台湾有事がもたらす経済コストの総額を機械的に算出することではなく,そのコストが中国指導部の意思決定や行動の選択肢にどのような実際的制約を与えるかである」とされている。

 執筆者のローガン・ライトとチャーリー・ヴェスト両氏は,米国の戦略国際問題研究所(CSIS)における「中国ビジネス・政治経済部門(Trustee Chair in Chinese Business and Economics)」のトラスティ・チェアのシニア・アソシエイトを務める。また,ニューヨークに本部を置く独立系調査会社の「ロジウム・グループ」でライト氏はパートナーを,ヴェスト氏はアソシェイト・ディレクターを務める。2人の執筆者は,台湾海峡の紛争が世界経済に与える影響および潜在的な対応を推計する研究者である。

中国の経済的エスカレーションのジレンマ

 限定的な軍事衝突であっても,中国経済への影響は極めて大きい。ロジウム・グループの推計では,保守的な前提でも2~3兆ドル,ブルームバーグは最大10兆ドル規模の損失を見込んでいる。中国はGDPの約20%を輸出に依存し,雇用の約13%が輸出関連である。また,農産物・エネルギー・鉱物資源の大半を海上貿易に依存する純輸入国であり,巨額の対外資産と対内直接投資を抱える。これらはすべて,紛争時に混乱,接収,資金流出といったリスクにさらされる。

 全面紛争がもたらす経済的帰結が壊滅的であることは明白である一方,武力攻撃には至らないレベルの圧力をかけ続ける「グレーゾーン行動」や小規模紛争の影響は不透明である。第1章では,①コストがいつどのように顕在化するのか,②それが北京の抑止にどの程度作用するのか,③危機をエスカレートさせずに収束させる余地がどこにあるのか,という点を検討している。数兆ドル規模の損失が見込まれても,指導部が台湾への軍事行動を「不可欠」と判断していれば,経済コストだけで抑止できるとは限らない。しかし,政治的シグナルを送ることが目的の「グレーゾーン行動」や小規模紛争では,経済コストが極めて重要となる。

 第1章では,その前提として2つの政治的計算を挙げている。第1に,大規模紛争は,経済的帰結が二次的な問題となるほど中国が強く行動にコミットした場合にのみ生じる。第2に,小規模紛争では,北京は限定的な政治目標を追求し,軍事的利益と経済・政治コストの比較検討を行う。したがって,中国の軍事行動は,段階ごとのコストと利益の評価に左右される。

 ここでの執筆者らは3つの主張を提示する。第1に,中国は構造的ジレンマに直面している。産業発展と安全保障の観点からは対外依存の低減が求められる一方,成長維持のためには国際経済への深い依存が不可欠である。この矛盾は,「グレーゾーン行動」や小規模紛争において,中国がエスカレーションにおいて信頼性として示す意思とその能力を制約する。

 第2に,経済コストは漸次増大するのではなく,金融市場の反応や為替・資本フローの変化が始まる転換点で急激に膨らむ。市場は通常,全面紛争の確率を低く見積もるため,ある程度の緊張には耐性を示すが,新たなリスクが顕在化した瞬間に強く反応する。

 第3に,小規模紛争終了後も,中国は企業投資やサプライチェーン再編を通じた世界的デリスキングの加速という,より長期的な経済的影響に直面する。

 小規模紛争シナリオでは空域・海域での小競り合いと一時的な台湾封鎖が想定されている。この場合,中国が被る短期的コストは物理的混乱よりも,投資家や貿易相手国によるリスク回避行動に起因する部分が大きい。影響は主に貿易,海外直接投資(FDI),ポートフォリオ投資の3つの分野に現れる。

 貿易面では,中国と台湾は電子機器・半導体サプライチェーンで強く結びついており,台湾は最先端半導体製造能力の約6割を占める。軍事的封鎖が行われれば,貨物船や航空機の運航が困難になり,戦争リスク保険も機能しなくなることから物流が停滞する可能性が高い。これに対し台湾海峡沿岸の中国側の港湾も混乱はするものの,短期間であれば中国経済全体への影響は限定的である。一方,中国による台湾の輸入遮断は,エネルギー供給面で台湾経済に即時かつ深刻な打撃を与える。

 対中国制裁については,小規模紛争であればウクライナ侵攻の対ロシア向け包括的制裁のような規模に至る可能性は低い。効果的な制裁には国際的結束が必要であり短期間に形成される見込みは乏しい。ただし,紛争が長期化すれば制裁が示唆されリスクは高まる。

 海外直接投資(FDI)に関しては,短期的に固定資産の大規模移転が起こる可能性は低いが,企業は可動性の高い資産,とりわけ人材を優先的に退避させる。台湾籍技術者の退避は,中国製造業に一定の混乱をもたらす。また,航空機や船舶といった資産も,接収リスクを回避するため移動される可能性があり,短期的混乱は大きい。

 最も急激な影響が出やすいのはポートフォリオ投資である。投資家は資金を安全資産へ移し,中国の株式・債券価格は下落,人民元は減価する。中国人民銀行は外貨準備や資本規制によって急激な資本逃避を抑制できる可能性が高いが,金融環境は引き締まり,国内経済は弱体化する。緊張緩和が進めば資産価格は回復しうるが,将来の台湾リスクとデリスキングが完全な回復を妨げる。

 中国と米国が台湾を巡って武力衝突した場合,世界経済への影響は甚大かつ予測可能となる。対中貿易はほぼ全面的に禁輸され,金融制裁が中央銀行を含む形で導入される可能性が高い。人民元は大幅に下落し,エネルギーや原材料の輸入が困難になる。中国は対抗措置として重要鉱物や工業製品の輸出規制を強化するだろう。香港は資本流出防止のための規制強化により,国際金融センターとしての地位を失う恐れがある。

 大規模紛争は,世界経済を三つのブロックに分断する可能性が高い。すなわち,米国に同調する消費国,中国に同調する資源国,そして中立を維持しようとする国々である。中立国に対しても,米中双方が市場規模や供給力を武器に圧力をかけることになる。

 結論として第1章では,中国経済が大規模紛争から受ける影響は壊滅的であり,北京もそれを十分認識している。すでに進むべき道を選択している場合,経済コストだけで抑止することは難しいが,「グレーゾーン行動」や小規模紛争は抑制的に作用する余地が大きい。しかし,たとえ小規模紛争であっても,企業や投資家の心理を通じてデリスキングを加速させ,サプライチェーン再編や投資流出という長期的・恒久的な経済コストを中国にもたらす。台湾海峡におけるいかなる紛争も,規模にかかわらず,世界経済に重大かつ持続的な影響を与えることになるとしている。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4188.html)

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