世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ関税と日中韓FTA
(千葉大学 非常勤講師)
2025.07.14
第2次トランプ政権の世界を驚かせた「相互関税」の発表から3カ月になる。今年の4月2日,トランプ大統領は貿易赤字が大きい国・地域である中国に34%,ヨーロッパ連合(EU)に20%,ベトナムに46%,台湾に32%,日本に24%,インドに26%,韓国に25%など180の国と地域が相互関税の対象となった(国名順は米国相互関税のリストによる)。その前の2月1日大統領令ではメキシコとカナダへは25%,中国へは10%の追加関税が課され,3月3日大統領令で中国への追加関税を20%に引き上げた直後であった。これにより中国は54%の引き上げとなる。
トランプ政権の一連の関税措置は現在に至るまで二転三転を繰り返している。まず相互関税に報復関税で対応した中国への相互関税率は125%まで引き上げられた。トランプ大統領は6月26日,中国との貿易協定に署名したと発表したが,米中は5月12日「ジュネーブでの米中経済貿易会談に関する共同声明」を発表し,125%まで引き上げた相互関税率を引き下げている。次に報復措置を取らなかった日本を含める75か国以上に対する相互関税の適用を90日間一時停止すると,4月9日に発表した。ところが岩屋外務大臣によると,7月7日米国政府から日本政府にすべての製品に25%,引き上げられた関税を8月1日から課すことの石破首相宛ての書簡が届いたという。日本以外にも韓国(25%)など数カ国に関税率を通知する書簡が届いた。
東アジアでは,長年にわたってサプライチェーンが構築されてきた。日本をはじめ韓国及びASEANから多くの中間財が中国に輸出され,中国はその輸入部品で組み立てられた完成品を日本,韓国およびASEANはもちろん,北米やEUなどの市場規模が大きい国々に輸出した。2016年の日本の輸出の上位5カ国・地域は,米国(20.2%),中国(17.6%),韓国(7.2%),香港(5.2%),タイ(4.2%)だが,その中で中間財のシェアはNAFTA(北米自由貿易協定,1989年1月~2008年1月,加盟国は米国・カナダ・メキシコ)で4割,中国で6割,韓国で6割,ASEANで7割を占めている(『通商白書2018』279頁)。一方で同年の米国の輸入の上位5カ国・地域は,中国(21.4%),メキシコ(13.2%),カナダ(12.6%),日本(6.0%),ドイツ(5.2%),韓国(3.2%)である。仮に8月1日から相互関税が適用されると,日本は米国への輸出(全体の約2割)ばかりではなく,輸出額の中で中間財のシェアが6割以上の中国・韓国(全体の3割)と中間財のシェアが7割を占めるASEANの関節輸出分まで考慮しなければならない。赤澤経済再生相の米国との関税交渉協議が継続され,成功することを願うが,もし成功したとしても米国との二国間交渉だけではもはや解決不可能な状況である。
各国が関税問題で大変な中,韓国のメディア「ニュース1」の7月10日付記事「韓中日記者達『三国協力の未来のために小さな信頼から積むべき』」によると,グローバル戦略協力研究院の主催で討論会「韓中日協力の未来:三国のメディアの視覚と提言」が開かれ,三国の記者と外交の当局者が三国間の協力強化案を議論したという。三国協力の障害要因として歴史問題の認識差と安保の葛藤を挙げ,「韓中日協力は急変する国際秩序のなかで三国関係の新たな答えになれる」,「中日韓は相互補完的な経済構造と深く融合した産業網を持つ重要な協力パートナー関係である」,「韓中日FTAが遅滞するのは歴史認識と領土問題,安全保障の葛藤など過去の問題が依然として心理的な障壁に作用するためである」,「小さな文化・メディア交流から信頼を築かなければならない」,「米中葛藤の中で中国が韓日との関係を更に重視している」,「トランプの再任はむしろ三国が自由貿易体制を安定させるチャンスである」,「産業・バリューチェンの安定化と青年の交流,気候変化など実生活の議題で協力の基盤を広めなければならない」といったさまざまな提案があった。また険悪的な表現を減らすため,メディア間の共同モニタリングの実施方針案が賛同されたという。
そして日中韓三国協力国際フォーラム2025が,7月1日から東京で開かれた。三国協力事務局のHP報道資料によると「共に創る未来:複雑化する世界における日中韓協力の意義」というテーマで開催され,対話メカニズムの定例化,危機対応システムの確立,「CJK+X」協力の拡大などが提案された。持続的な発展を支えるうえで,地域経済統合や貿易枠組みの重要性も改めて確認したという。
日中韓自由貿易協定は,環太平洋パートナシップ(TPP),日EU・EPA,東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などのメガFTAと同様に2013年に交渉を始めたが,唯一交渉が完了していないメガFTAである。日中韓は世界GDPの2割,世界人口の2割,世界輸出量の2割,世界の外貨準備高の4割を占める巨体経済圏である。交渉の進度が遅いことを指摘し,スピードをあげる意見で一致しても具体的な実行には結びつかない現状である。上述の三国協力国際フォーラムや三国の討論会などが,日中韓FTA交渉の再開に暖風になることを期待する。
[参考資料]
- 相互関税とは?関税との違い・仕組み・トランプ関税をわかりやすく解説(株式会社エフアンドエム)
- トランプ大統領 相互関税日本に24% 一律10%関税【一覧表も】(NHK)
- “相互関税” 停止措置期限迫る 発動で日本への影響は?【QA】(NHK)
- 『世界の統計2018』170頁
- 韓中日記者たち「三国協力未来のために小さな信頼から積むべき」(ニュース1)
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