世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3805
世界経済評論IMPACT No.3805

日本経済は製造業の縮小に耐えられるのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.04.28

製造業就業者数シェアは低下傾向が続く

 トランプ関税を巡る日米交渉の行方は,予想がつきません。ただ,いずれにせよ,4月14日付けの本コラム「日本経済は行き詰まったのか」で述べたように,輸出が日本経済を牽引することが困難になったのは,間違いないでしょう。

 輸出の鈍化は,国内製造業に大きな影響を与えると考えられます。GDP統計の経済活動別付加価値額によれば,製造業の付加価値額がGDPに占める比率は,2002年の20.7%から2007年には21.9%に上昇しましたが,リーマンショック直後の2009年には19.0%まで下落しました。しかし,そこからやや持ち直し,コロナ禍前の2019年には20.2%,2024年には20.3%でした。付加価値額シェアで見れば,リーマンショックの影響は大きかったものの,その後は製造業が日本経済において一定の規模を維持してきたことがわかります。一方,労働力調査によれば,製造業就業者数が就業者数全体に占める比率は,リーマンショック以前から低下傾向が続いています。2002年の17.6%から2007年には17.0%へ,2019年には16.1%,2024年には15.7%まで下がりました。今後は,輸出の鈍化によって製造業の付加価値シェアは低下に転じ,就業者数シェアの低下には拍車がかかりそうです。

高付加価値産業の付加価値シェアは横這い

 製造業の付加価値や就業者数のシェアの低下が他産業でどのように吸収されるかを考えるために,製造業以外の産業を,就業者1人当たり付加価値額が高い産業と低い産業に分けてみます。上記の経済活動別付加価値額の分類に基づくと,電気・ガス・水道・廃棄物処理業,情報通信業,金融・保険業,不動産業,専門・科学技術・業務支援サービス業,公務が高付加価値産業に該当します。高付加価値産業の就業者数シェアは,2002年の14.1%から2007年には14.5%,2019年には15.7%,2024年には17.0%へと上昇しています。一方,高付加価値産業の付加価値額のGDP比は,2002年には37.0%,2007年は37.6%,2019年は36.2%,2024年は37.2%と概ね横這いで推移しています。高付加価値産業では就業者数の増加につれて1人当たりの付加価値の相対額は低下しており,経済全体の付加価値の増大にはあまり貢献していないようです。

 今後は通信やAIなどの技術の導入により,1人当たり付加価値額を増やそうとする動きが強まりそうです。ただ,そうした新たな技術が高付加価値産業全体の付加価値を増やすかどうかは定かではありません。むしろ,新たな技術の導入によって高付加価値産業に多いと見られるホワイト・カラーの雇用が削減され,高付加価値産業の就業者シェアが低下に転じる可能性の方が大きいでしょう。

低付加価産業の就業者数シェアは3分の2を超える

 一方,低付加価値産業としては,農林水産業,鉱業,建設業,卸売・小売業,運輸・郵便業,宿泊・飲食サービス業,教育,保健衛生・社会事業,その他のサービスが該当します。

 低付加価値産業の就業者数シェアは,2002年以降,ずっと3分の2を超えています。ただ,2019年の68.1%から2024年の67.3%へと,コロナ禍を経てやや低下しています。これは,給与,労働時間等の労働条件が良くないことが多い低付加価値産業を,労働者が避けていることによるものと考えられます。低付加価値産業の中には人手不足に悩む事業も多いようです。上で述べたように,輸出の鈍化や新技術の導入によって製造業や高付加価値産業で就業者が削減されれば,それを吸収することが期待されます。

 ただ,製造業や高付加価値産業から低付加価値産業へと就業者がシフトすれば,経済全体の付加価値総額や平均給与水準を下げる懸念があります。また,高付加価値産業に残ることができた人の給与水準が上昇し,低付加価値産業の就業者との格差拡大を招くでしょう。それらを防ぐには,低付加価値産業の高付加価値化が必要です。そのためには,低付加価値分野での新たな投資や技術の導入が必要であり,そのコストをカバーする上でも低付加価値産業が生み出す財・サービスの単価を引き上げざるを得ません。一部の事業では,富裕層向けビジネスを拡大させることで投資増や単価引き上げを図ることも可能でしょう。ただ,教育,保健衛生・社会事業などのように,幅広い層にできるだけ均質なサービスを提供することが社会的に求められる事業も多くあります。富裕層向けビジネスの拡大は人々の生活水準の格差拡大を招く面もあり,富裕層向け以外でも提供する財・サービスの質・量の改善も求められます。社会的ニーズは高いものの,現状では高い付加価値を得られていない事業が高付加価値化を果たすには,そうした事業やその利用者への政策的支援が欠かせません。ただ,残念ながら,そうした政策的支援にかかる費用を,社会全体としてどのように負担するかについてのコンセンサスがまだ形成されていないようです。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3805.html)

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