世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3768
世界経済評論IMPACT No.3768

米国のインフレ率は再加速するのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.03.24

金追加利下げに慎重なFed

 トランプ米大統領の輸入関税措置が米国でのインフレ懸念を高めています。ミシガン大学消費者調査3月分速報によれば,消費者の5年先の期待インフレ率は,昨年12月の3.0%から1月には3.2%,2月には3.5%,3月には3.9%へと急上昇しています。3月には1993年2月以来の高水準となりました。

 インフレ懸念の高まりを受けて,3月18,19日開催のFOMCでは,1月の前回FOMCに続いて利下げが見送られました。金融市場では,5月6,7日の次回FOMCでの利下げも25%程度しか織り込んでいません。

 昨年9月,基調的インフレ率の指標である消費者物価中央値前年同月比上昇率がまだ4%程度と,インフレが沈静化したと言い切れないうちに,Fedは0.5%の利下げに踏み切りました。9月のFOMC時点のFOMC参加者の経済金融見通しによれば,失業率は8月の4.2%から2024年末には4.4%に上昇するとされ,FOMC参加者が2024年後半の景気減速を予想していたようです。しかし,実際には昨年末の失業率は4.1%に留まり,景気はFedの想定ほど減速しなかったと言えます。9月時点では2025年末の政策金利を3.4%と予想していましたが,12月時点の見通しでは3.9%に上方修正されました。今回は12月見通しから修正されていません。その点では,トランプ関税の問題が明確なものになる以前からFedは追加利下げに慎重になっていたと考えられます。

足元では財のインフレ率は安定的

 米国の消費者物価は3月には前年同月比+2.8%となりました。これを財・サービス別に見ると,非耐久財は同+1.3%と低い伸びに留まり,耐久財は−1.2%と小幅マイナスとなっています。両者ともコロナ禍のもとで一時10%以上の上昇率となりましたが,2023年頃から落ち着いた動きを示しています。一方,サービス物価の前年同月比上昇率は,3月には+4.1%と一時よりは下がったものの財物価上昇率に比べて低下が遅れています。こうした中で関税賦課によって財物価が上昇すれば,消費者物価全体のインフレ率は再上昇しそうです。

懸念されるトランプ関税の景気への影響

 米国の個人消費支出に占める財支出の比率は,コロナ禍直前の2020年1月には31.0%でしたが,コロナ禍による巣ごもり需要などから2021年3月には35.2%まで上昇しました。しかし,そこから次第に低下し,2025年1月には31.1%と,ほぼコロナ禍前の水準に戻りました。米国の個人消費支出は,長期的にはサービス化が進んでおり,その分,財消費支出の比率は今後さらに低下することが予想されます。このように材需要の基調が弱い中で,トランプ関税によって財物価が上昇すると,消費者の買い控えが生じて財需要が一段と減少することが予想されます。そうであれば,企業は関税引上げによるコスト上昇を最終製品価格に転嫁することをためらい,企業利益が減少するでしょう。結果的に,トランプ関税は米国のインフレ率を再加速させるより,景気を悪化させる面の方が強くなりそうです。

 予想がつかないのは,実際に景気が悪化してきた時,トランプ大統領がどこまで関税にこだわるのかという点です。景気悪化による国民からの支持率の低下を恐れて高率の関税賦課をあきらめるのか,関税賦課の対象国に対して弱腰になる方が支持率が下がると考えるのか,よくわかりません。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3768.html)

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