世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本経済の成長力はなぜ停滞しているのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.03.10
資本投入と技術進歩の寄与度が低下
2月24日付の本コラムNo.3733「円ドル為替レートの行方」では日本の潜在GDP/労働力人口で見た生産性の伸びが米国より低いことが,円安要因になっていると述べました。なぜ,日本の生産性や潜在GDPの伸びが低いのでしょうか。
内閣府月例経済報告では潜在GDP成長率とその要因分解を発表しています。これによれば,バブル崩壊前の1987年10-12月期の潜在GDP成長率は,前期比年率換算値で+4.4%でした。その時の技術進歩を示す全要素生産と資本投入の潜在GDP成長率に対する寄与度は,それぞれ+1.9%,+2.0%でした。それから10年後の1997年10-12月期には潜在GDP成長率は+1.0%,全要素生産性寄与度は+0.6%,資本投入寄与度は+0.7%へと低下しました。2024年7-9月期(直近値)には,それぞれ+0.5%,+0.5%,+0.1%へとさらに低下しています。技術進歩や資本投入の寄与度を高め,潜在GDP成長率を回復させるには,新たな投資がもっと必要なのでしょうか。
企業設備,公共施設の量は不足していない
実質民間企業設備ストックの潜在GDPに対する比率は,1995年4-6月期の1.345倍から2008年1-3月期には1.416倍まで上昇しました。経済成長のトレンドが下がった結果,企業設備ストックが過大になったと考えられます。その後,設備投資が削減されたことで2016年7-9月期には1.319倍まで低下し,そこからは1.32~1.34倍程度で安定しています。潜在GDPとの対比では,現状の企業設備ストック量は概ね適正水準にあると推察されます。一方,公共施設などの公的固定資産ストックの潜在GDPに対する比率は,1994年1-3月期の1.232倍から2004年4-6月期には1.466倍まで大きく上昇しました。景気を支えるために高水準の公共投資を続けられた結果,公的固定資産ストックが過大になったことがうかがわれます。その後,2010年頃から比率は下がり始めましたが,2024年7-9月期には1.404倍と1990年代に比べると高水準に留まっています。
潜在GDPの水準が示す経済全体の供給能力の観点では,企業設備や公共施設のストックは量的には不足しておらず,こうした状態から,単に設備投資や公共投資を増やしても,資本ストック量が過大になって投資効率が低下し,潜在GDP成長率はあまり上がらないでしょう。
伸び悩む日本の知的財産投資
米国では,民間・公的部門におけるソフトウェア,研究・開発,芸術・文化創作活動などの知的財産投資のGDP比は,1994年1-3月期の4.1%から2024年10-12月期には6.8%まで上昇しています。一方,日本では1994年の1-3月期の3.7%から2009年1-3月期には5.7%まで上昇し,この頃まではGDP比の上昇ペースで米国を上回っていました。2009年1-3月期の米国の知的財産投資のGDP比は5.0%でした。ところが,日本ではそこから上昇ペースが鈍り,2024年7-9月期には5.9%と米国を大きく下回る水準に留まっています。米国の潜在GDP成長率は,1997年から2000年には4%以上であった所から2009年から2010年にかけて1.4%まで低下しましたが,その後持ち直し,足元では2.3%まで上昇しています。一方,上で述べたように,日本の潜在GDP成長率や技術進歩寄与度は停滞が続いています。現代の経済成長の原動力と考えられる知的財産投資が伸び悩んでいることがその背景にあるようです。
日本経済の成長力を高めるには,民間・公共投資の総量を増やすより,投資を機械設備や建造物から,知的財産に振り向けることの方が重要でしょう。ただ,知的財産投資が生み出すAIなどの新技術が,もっぱらホワイト・カラーの仕事を代替することに使われるのでは,労働コストが下がって企業利益は増えても,経済全体の付加価値は増えません。さらに,中間層の雇用が失われることで経済格差が拡大しかねません。一方,エッセンシャル・ワーク部門は社会的ニーズは高いものの,生産性や賃金の水準が低く,人手不足に悩んでいます。エッセンシャル・ワーク部門での付加価値生産性や賃金水準,労働条件の向上に向けた,資本投入,新技術の開発・導入が求められます。
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