世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
円ドル為替レートの行方
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.02.24
モデル推計値から見ると円は約17%割安
円ドル為替レートは,1月上旬の1米ドル=158円台から2月17日には151円台になり,やや円高方向に動いています。今後の行方を探る上で,購買力平価(相対物価),相対生産性,金利差に基づく為替レート推計モデルを作成しました。昨年4月29日付の本コラム「今,円はどの程度割安か」で示したモデルと同様に,被説明変数(F)を(円ドル為替レート/購買力平価為替レート)とし,購買力平価為替レートはGDPデフレーターを基準にしています。昨年4月のモデルでは相対生産性(P)として,就業者1人当たり実質GDPの相対値を用いましたが,今回は,短期的な景気変動の影響を減らすために,労働力人口1人当たり潜在GDPの相対値(米国/日本,1980年1-3月期=100)を採用しました。もう1つの説明変数である金利差(R)は,前回同様,米国の10年物財務省証券利回りと日本の10年物国債利回りの差です。四半期データを用い,推計期間は1980年1-3月期から2024年10-12月期です。最小二乗法による推計結果は以下の通りです。
F=0.0242P+0.0658R−1.656
t値:P(21.88),R(7.61),定数(−14.16) 補正済決定係数:0.729 標準誤差:0.132
データの出所は以下の通りです。
- 円ドル為替レート(東京市場17時時点,期末値):日本銀行
- GDPデフレーター:日本は内閣府経済社会総合研究所,米国は商務省経済分析局
- 潜在GDP:日本は内閣府月例経済報告,米国は議会予算局
- 労働力人口:日本は総務省統計局,米国は労働省労働統計局
- 10年物国債利回り:日本(期末値,1986年4-6月期までは9年債利回り)は財務省国債金利情報,米国(期末月の月中平均値)はFed
前回推計モデルより決定係数は上昇,標準誤差は低下し,推計精度が向上しています。
このモデルに直近データを代入すると,円ドル為替レートの推計値は1米ドル=130円程度となります。これを基にすると,1米ドル=151円台では,円は約17%割安になっています。為替レートの実績値とモデル推計値の差をリスク・プレミアムとして捉えると,2022年1-3月期以降,リスク・プレミアムが円安方向に傾いています。2月10日付の本コラム「視界不良の日本の金融政策」で述べたように,物価上昇にもかかわらず,景気回復維持のために円高を避けたいという意識が日銀に働いて利上げが遅れたことが,円に対する信認の低下を招き,リスク・プレミアムが円安方向で推移してきたと考えられます。
円安に依存する日本の景気
日銀が,1月24日の利上げ後も,段階的利上げを続けて金利水準の正常化を図る姿勢を示していることは,円の信認回復への第一歩と捉えられます。一方,米国側ではトランプ政権が引き起こす不透明感が,米ドルへの信認低下を招くかもしれません。円安方向のリスク・プレミアムが縮小する可能性があります。日本の段階的利上げと米国の利下げ再開に伴う日米の国債利回り格差の縮小がそれに重なれば,円高に動きそうです。
ただ,円の実質実効為替レートと日本の輸出と企業利益のGDP比には負の相関があり,日本の景気が円安に依存していることがうかがわれます。そのため,実際に円高に動き始めたとき,日銀が金利水準正常化にどこまでコミットできるかは定かではありません。
長期円安トレンドは解消されそうにない
また,円安方向のリスクプレミアムが解消されて,円ドル為替レートが,推計モデルが示す1米ドル=130円程度に一旦戻ったとしても,2011年11月に1米ドル=75円台をつけた以降の円安トレンドが止まるとは限りません。
従来,日本のインフレ率は米国より低く,購買力平価為替レートは円高方向に動いてきました。しかし,足元では日米のインフレ率格差が縮小し,上記の円ドル為替レート推計モデルにおいて,購買力平価(相対物価)が円高要因としてあまり働かなくなっています。一方,潜在GDP/労働力人口で見た日本の生産性の上昇率は,1991年から米国を下回り,為替レート推計モデルにおいて日米の相対生産性が円安要因となっています。特に,日本の生産性は2015年頃から横這いに留まっています。このままでは,AIなどの知的財産投資の増大を原動力にした生産性向上が続く米国との差は広がり,長期的な円安トレンドは解消されないでしょう。日本の生産性の停滞は,世界における日本経済の実質ベースでの相対的規模縮小を招きます。それに円安が重なると,名目ベースでの相対的縮小に拍車がかかります。日本経済の国際的プレゼンスの低下が,今後も続きそうです。
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