世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3722
世界経済評論IMPACT No.3722

米国の長短金利の行方

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.02.17

遅過ぎた利上げ,早過ぎた利下げ

 1月28,29日開催のFOMCでは利下げが見送られるとともに,今後の利下げにも慎重な姿勢が示されました。金融市場では,3月18,19日の次回FOMCでも利下げが見送られるとの観測が強くなっています。

 トランプ政権の関税政策が,インフレ懸念を高めているという見方があります。期待インフレ率の指標であるブレークイーブン・インフレ率を,30年物の米財務省証券とインフレ連動債の利回り格差として算出すると,2023年11月には一時2.5%台に上昇したものが,昨年9月の利下げの直前には2.0%近くまで下がりました。しかし,その後,10月後半には2.3%程度へと上昇し,現在も2.3%台です。ブレークイーブン・インフレ率の上昇が大統領選挙前に生じた点では,トランプ関税がインフレ懸念を高めたとは言えないようです。

 コロナ禍初期に一旦1%程度まで下落したブレークイーブン・インフレ率は,徐々に上昇し,2021年の初めには2%を超え,2022年初めには2.5%台まで上昇しました。こうした期待インフレ率の動きから見れば,2022年3月の利上げ開始は遅過ぎたと言えるでしょう。一方,上に述べたように,昨年9月の利下げ開始後に期待インフレ率が再上昇した点では,利下げのタイミングが早過ぎたようです。

雇用への配慮を示すFed

 こうした遅過ぎた利上げと早過ぎた利下げの背景には,雇用への配慮があったと見られます。米国の失業率は,2020年12月の6.7%から2021年12月には3.9%まで大きく低下しました。ただ,労働参加率(=労働力人口/16歳以上人口)は,2021年12月には62.0%と,コロナ禍直前の2020年2月の63.3%をかなり下回っていました。当時,米政府やFedは,労働市場に人々が戻ってくるペースが鈍く,雇用回復が遅れていると判断していたようです。そのため,インフレ率が上昇する中でも利上げ開始が2022年3月まで後ずれしたと考えられます。その後,失業率は2023年4月には3.4%とコロナ禍前を下回るところまで下がりましたが,そこから緩やかな上昇に転じ,昨年7月には4.2%まで上昇しました。Fedは労働需給が緩和したと見て,9月に利下げに踏み切りました。

 失業率は昨年11月の4.2%から12月には4.1%,今年1月には4.0%へと下がり,足元で上昇ペースが鈍っていることがうかがわれます。一方,基調的インフレ率の指標である個人消費支出価格指数中央値の前年同月比上昇率は,2023年1月の6.1%から昨年7月には3.2%まで下がりました。しかし,そこから低下ペースが鈍り,直近値の昨年12月も3.2%に留まっています。こうした失業率や基調的インフレ率の動きからすれば,トランプ関税の動向とは関わりなく,利下げを急ぐべき環境ではないようです。

長期債利回りの上昇余地は小さい

 1980年代初めのインフレ高騰期以降,30年物財務省証券利回りは,長期的には名目GDP成長率に概ね沿って動いています。特に1990年代末からは,景気後退期の前後以外,30年債利回りが名目GDPの前年同期比成長率を上回ったことはあまりありません。コロナ禍の反動で名目GDPの前年同期比成長率は一時10%以上へと急上昇しましたが,その後徐々に下がり,昨年10-12月期には5.0%となって30年債利回りとの差が縮まりました。トランプ政権がこれまでに打ち出している政策は,米景気全体に対しては抑制的に働きそうです。その点では,名目GDP成長率が再上昇する公算は小さいと見られます。短期の政策金利の低下期待が後退しても,名目GDP成長率が天井になることで,長期債利回りの上昇余地は小さそうです。

 一つのリスクとして考えられるのは,関税政策が期待しているような効果を見せなかった時に,トランプ政権がドル安志向や減税などの財政刺激策に傾くことでしょう。こうした場合には,インフレと財政赤字に対する懸念が同時に高まり,長期債利回りが高騰しかねません。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3722.html)

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