世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3665
世界経済評論IMPACT No.3665

日本の家計所得の構造変化

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.12.23

実質家計最終消費支出の回復は不十分

 日本のGDP統計に基づく実質家計最終消費支出は,2024年4-6月期には前期比+0.6%,7-9月期には同+0.7%と2四半期連続で増加しました。しかし,7-9月期の水準は,コロナ禍前のピークだった2019年7-9月期を2.1%下回っており,まだ十分に回復したとは言えません。

 実質家計可処分所得は,減税の影響で2024年1-3月期,4-6月期にそれぞれ前期比+2.3%,+1.9%と大きく増えました。家計の主たる所得源である雇用者報酬も,雇用の増大や賃上げにより,2023年10-12月期から実質ベースで4四半期連続で増えています。ただ,実質可処分所得も,実質雇用者報酬も,直近値はコロナ禍直前の2019年10-12月期の水準を下回っています。減税による可処分所得の押上げは一時的なものですし,法人企業統計によれば,非金融法人企業の経常利益は2024年7-9月期には前期比−10.6%,前年同期比−3.3%と減少しており,今後の大幅な雇用増や賃上げは難しそうです。家計の実質所得が停滞を脱しきれなければ,消費支出の回復は続かないでしょう。

財産所得の増大

 GDP統計によれば,家計の所得の源としては,雇用者報酬の他に,自営業者が得る営業余剰や混合所得と,金融・実物資産から得られる利子,配当,賃料などの財産所得が挙げられます。雇用者報酬,営業余剰・混合所得,財産所得の合計に対する財産所得の比率は,現行GDP統計の起点となる1994年1-3月期の10.8%から,金利低下の影響で2004年7-9月期には6.1%まで低下し,その後7%前後で推移しました。しかし,2020年1-3月期の6.7%から上昇基調に転じ,2024年4-6月期には8.8%に上っています。これは,家計の株式,投資信託などの保有増大や金利上昇によるものと考えられます。NISAやiDeCoの拡充などにより家計の資産形成が促されると共に財産所得は今後も増大し,家計の労働の対価として得る所得を補うことが期待されます。

格差拡大と所得再分配強化の必要性

 ただ,所得水準が高い家計ほど貯蓄率が高い傾向があるため,資産を蓄積しやすく,さらにリスクを取れることからリターンも高くなりやすいため,財産所得は富裕層を中心に増え,それによって所得格差が拡大することが予想されます。また,財産所得は支出されずに再投資に回る傾向が強く,財産所得の比率が上昇すると,貯蓄率が上昇して家計の所得の増加に比べて消費支出の増加が鈍くなり,経済全体では需要不足状態になりやすいでしょう。

 家計の資産形成と財産所得の増大に伴う格差拡大を防ぐには,課税や公的年金・保険などの社会保障を通じた所得再配分を強める必要があります。ただ,社会保障の給付額を増やせば,財政への負担が重くなります。一方,上で述べた雇用者報酬,営業余剰・混合所得,財産所得の合計額に対する家計の社会保障負担額の比率は,1994年1-3月期の16.4%から2024年4-6月期には24.8%にまで上昇しています。社会保障負担額のさらなる増大には,人々の抵抗感が強いでしょう。富裕層を中心にした所得や資産に対する課税強化と,中低所得者層への減税を組み合わせるなどした税制面での改革が必要なようです。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3665.html)

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