世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3648
世界経済評論IMPACT No.3648

カーボンニュートラル時代の化学工場のあり方:三井化学市原工場見学記

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.12.09

 2024年の5月,三井化学の市原工場(千葉県)を見学する機会があった。同工場は,年間55万3000トンのエチレンを生産する能力をもつ,日本有数の大規模ナフサクラッカーを擁する。また,同工場の敷地内には,三井化学65%,出光興産35%の出資比率で設立された合弁会社・プライムポリマーのポリエチレンやポリプロピレンの製造設備も存在する。

 主として見学したのは,ナフサクラッカーとポリエチレン製造・出荷装置である。

 ナフサクラッカーは市原工場の中央部に位置し,敷地内に展開するさまざまな化学品製造プラントへ原料を供給している。のぞき窓から輻射熱でナフサを熱分解する様子を見させていただいたが,赤い炎の力強さが印象的だった。

 ポリエチレン製造・出荷装置では,製品の加工,包装が,きわめて効率的に行われていた。整理・整頓や清掃が行き届いており,市原工場の生産に対する真摯な姿勢を見てとることができた。

 車で市原工場全体を一巡したが,ひときわ目立ったのは,建設中のポリプロピレンの新製造装置(年産20万トン)である。24年度内の完工へ向けて全容を現しつつあるピカピカのその佇まいは,三井化学市原工場が,プライムポリマーとともに,「これからも石油化学事業を継続,発展させていくぞ」という決意を示しているかのようであった。

 現在,日本全国のナフサクラッカーは,中国の過剰生産の影響もあり,低い稼働率にあえいでいる。三井化学市原工場もその例外ではないが,同工場では,製品の付加価値を高めることによって稼働率低下の悪影響をカバーし,収益性を確保しようと必死の努力を重ねている。例えば,建設中の新製造装置が稼働すれば,これまでできなかった高機能ポリプロピレンの生産が実現でき,自動車材料用途等で軽量化,薄肉化ニーズへの高度な対応が可能になるのである。

 カーボンニュートラルを実現するうえで究極の施策となるのは,CCU(二酸化炭素回収・利用)である。CCUが普及すれば,二酸化炭素は,化学工業用の原料として有効利用されるようになる。二酸化炭素は,地球温暖化をもたらす「悪者」から有用な「いい者」に180度転換するわけであり,気候変動問題は根本的に解決する。

 CCUの担い手となるのは,化学企業である。ただし,ROIC(投下資本利益率)向上至上主義で機能品生産に特化した化学企業は,CCUには不向きである。CCUには,石油化学の知見が必要不可欠だからである。

 この点を考慮に入れれば,ナフサクラッカーの稼働率低下に直面しながらも,何とか石油化学事業を継続させようと努めている三井化学市原工場の姿勢は,カーボンニュートラル時代の化学工場の一つのあり方を示している。京葉コンビナート内に近接して立地する三井化学・住友化学・丸善石油化学の3社は,23年2月,カーボンニュートラルの実現に向けた検討を共同で進めるための覚書を締結した。三井化学は,24年3月には,出光興産とのあいだで,エチレン装置集約化による生産最適化の検討を開始することを発表した。これらの動きは,GX(グリーントランスフォーメーション)やカーボンニュートラルをめざす京葉コンビナート全体の動きを牽引する役割を果たしつつある。今後の動向に注目したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3648.html)

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