世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3946
世界経済評論IMPACT No.3946

再エネ主力電源化の鍵:事業主体への住民・当事者の参加

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.08.18

 2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画(エネ基)は,2040年度における電源構成見通しを,ベースシナリオで再生可能エネルギー(再エネ)40〜50%,原子力20%,火力30〜40%とした。2030年度を対象にした2021年策定の第6次エネ基の電源構成見通しは再エネ36〜38%,原子力20〜22%,火力42%であったから,再エネの主力電源化と原子力の副次電源化が,いっそう進行したことになる。

 しかし,再エネを主力電源にするには,いくつかの難問が存在する。それらのうち近年,急浮上しているのは,地元とのトラブルが増加しているという問題である。

 この問題を解決する鍵は,再エネの事業主体に,地元の住民や関係する当事者を,株主などの形で加えることにある。

 地元とのトラブル頻発について,第7次エネ基は,「事業規律の強化」や「地元理解の促進」を謳っているが,それだけでは決定的に不十分である。再エネ事業を担う主体の構成にまで踏み込まなければ,問題は根本的には解決しないのである。

 ここで想起する必要があるのは,世界を代表する風力発電企業であるデンマークのオルステッドが,当初,住民の反対運動に遭遇して苦労したものの,住民や当事者が出資主体として参加する「市民風車」「漁民風車」方式を導入したところ,状況は一変したという逸話である。

 ちなみに,オルステッドの社名は,2017年まではDONGだった。Dはデンマーク,Oは石油,NGは天然ガスを意味する単語を連ねた社名だったが,事業ドメインを洋上風力発電中心へ大胆に転換したことを受けて,19世紀のデンマークの著名な物理学者ハンス・クリスティアン・オルステッドにちなむ現社名に変更したのである(東京電力や東京ガスが「平賀源内」に社名変更したようなイメージである)。オルステッドは,現在では,洋上風力発電事業の世界最大手となっている。

 日本では,再生エネ事業を担う主体となっているのは,地元の住民からすれば「よそ者」にあたる遠隔地の大企業である場合が多い。事業主体に住民や当事者が参加する事例は,例外的である。

 このような現状を打破して,再生エネ事業の主体を固有の株式会社にし,その株式の一定部分を地元の住民や当事者に配分すれば,「状況は一変」する。事業主体への住民・当事者の参加は,地元に経済的効果をもたらすだけではない。住民・当事者が参画することによって事前から情報のやりとりがきちんと行われるようになり,崖崩れが起きやすい場所へのメガソーラーの設置,景観を損ねたり鳥の飛ぶルートを邪魔したりする場所への陸上風力の建設,漁場に否定的な影響が出る海域への洋上風力の設置などの事態が回避できるようになるのである。

 温泉業者の反対によって普及が進展しない地熱発電に関しても,この方式は,有効であろう。温泉業者が地熱発電の事業主体に加わることによって,温泉業と地熱発電との共生が可能となるからである。

 「市民風車」や「漁民風者」は,ヨーロッパでは広く見受けられる。しかし,日本では,ほとんど存在しない。もし,事業主体への住民・当事者の参加が進めば,再生エネ発電拡大の障害となっている地元とのトラブルの問題は,解決に向かって大きく前進することになろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3946.html)

関連記事

橘川武郎

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉