世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4103
世界経済評論IMPACT No.4103

山梨県と東京電力による水素プロジェクト

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.12.01

 2025年9月,山梨県と東京電力グループが中心となって推進する水素プロジェクトの現場を見学する機会があった。

 始めに訪れたのは,山梨県企業局が2014年に甲府市内に開設した米倉山(こめくらやま)電力貯蔵技術研究サイト。28ヵ所の県営水力発電所を運営してきた山梨県企業局は,14年に出力1MWの米倉山太陽光発電所の運転を開始した。その3年前の11年には,02年に制定されたRPS法(新エネルギー利用特別措置法。12年に廃止)にもとづき,東京電力も10MWの太陽光発電所を運開している。

 その後山梨県企業局は,16年にP2G(パワー・トゥ・ガス)システムの技術開発を始め,21年から設備を大型化して,太陽光発電と連動した水素製造・貯蔵・輸送・利用技術の実証試験を本格的に開始した。22年には,山梨県が50%,東京電力と東レが25%ずつを出資して,YHC(山梨ハイドロジェンカンパニー)を設立した。

 米倉山の現場では,水電解装置を中心に見学した。大型のテント状の建屋のなかに,国内初の1.5MW(最大2.3MW)級のPEM形(固体高分子形)大型ユニットが配置されている。ユニットは3台に分かれており,それぞれが,125枚の電解膜をぎっしりと積層している。合計の水素製造量は,300N㎥/時間にのぼる。

 米倉山では,水素の製造だけでなく,貯蔵・輸送・利用の技術開発も行っている。貯蔵には水素吸蔵合金,輸送にはトレーラーやカードルを使っている。利用面では,水素専焼のボイラーと既存燃料(都市ガス)のボイラーとを組み合わせた,確実性の高い自動制御システムを開発したそうだ。

 米倉山の水素は,近隣で金属加工やコーヒー焙煎などに利用されるほか,東京都にも送られている。山梨県は,利用促進のため,グリーン水素証書を発行している。

 米倉山に続いて訪れたのは,長野県境に近い北杜(ほくと)市の山梨県県有地で建設が進む「サントリーP2G」の現場だ。このプロジェクトは,グリーンイノベーション基金事業として遂行されており,山梨県やNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構),YHC,東京電力,サントリーなどを含むコンソーシアムが事業主体となっている。

 このプロジェクトでは,物理的には真上を走る高圧送電線からの電力を降圧,交直変換して使っているが,東京電力エナジーパートナーからCO2フリー電力メニューを購入している。敷地内の井戸水の利用とあわせて,地域の再エネを集約した形となっている。

 25年度中に竣工予定で,完成の暁にはわが国最大の16MW級のPEM形水電解装置を擁することになり,その水素製造能力は2500N㎥/時間に達すると言う。年間1万6000トンもの二酸化炭素排出量削減に貢献するそうだ。

 このプロジェクトでは,カナデビア製とジーメンスエナジー製の二つの水電解装置が,競い合って稼働することになっている。すでに運転を開始しているカナデビア製の水電解装置で製造された水素は,2kmのパイプラインを通して,隣接するサントリー天然水南アルプス白州工場に運ばれ,そこで高性能水素ボイラーを動かしている。「サントリーP2G」と呼ばれるゆえんである。

 この「サントリーP2G」は,さらなる大規模化をめざしており,地産地消型水素利用の雄になりつつある。今後の展開に期待したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4103.html)

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