世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3592
世界経済評論IMPACT No.3592

米国の失業率の上昇は止まったのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.10.14

賃金総額は緩やかな鈍化傾向が続く

 10月4日発表の米国の9月分雇用統計によれば,失業率は4.1%と2か月連続で低下しました。非農業部門就業者数は,前月比25.4万人増と事前の市場予想を上回る伸びとなりました。民間非農業部門の時間当たり給与も,前月比+0.4%と,8月の+0.5%に続いて高めの伸びとなりました。ただ,民間非農業部門賃金総額は,週平均労働時間が減ったことで前月比+0.2%と低めの伸びに留まり,前年同月比では+4.8%と,8月の+5.0%を下回りました。前年同月比増加率は,2022年12月には+7.1%,2023年12月には+6.1%であり,緩やかな鈍化傾向が続いています。賃金総額は名目GDP成長率との相関が強く,景気は徐々に減速していることが示唆されます。

製造業・非製造業ISM雇用指数は低下

 10月1日発表の9月分製造業ISM指数によれば,景気指数は47.2と強弱の分岐点となる50を6ヵ月連続で下回ったものの,前月から横這いでした。一方,雇用指数は43.9と前月の46から低下しました。過去3か月の平均で45を下回りましたが,これは景気後退期を除けば歴史的に見てかなり低い水準です。

 10月3日発表の9月分非製造業ISM指数によれば,景気指数は54.9と前月の51.5から上昇して3か月連続で50を超えました。しかし,雇用指数は48.1と前月の50.2から低下して3か月ぶりに50を下回りました。製造業も非製造業も,景気情勢に比べて雇用情勢が弱いことがうかがわれます。

成長率が2.5%を下回ると失業率が上昇

 実質GDP成長率と失業率の変化幅には負の相関があり,オーカンの法則と呼ばれます。2020年1-3月期から2024年7-9月期の期間において,x=(実質GDP前年同期比成長率,%),y=(失業率の前年同月差,%ポイント)として,y=ax+bの形で最小二乗法によって推計すると(2024年7-9月期の実質GDPは10月8日付アトランタ連銀GDPナウキャストに基づく推計値),以下のようになります。

  • y=−0.8743x+2.18882
  •  x項t値−10.79,定数項t値6.20
  •  標準誤差1.273,修正済み決定係数0.865

 ここから,失業率が1年前から変わらない,つまり労働需給に変化がない時の実質GDP成長率を2.1882/0.8743=2.5028%と算出できます。これは労働需給面から見た潜在成長率と考えることができ,実質GDP成長率が2.5%を下回れば失業率が上昇しやすいということを示しています。

 2007年1-3月期から2019年10-12月期に関して同様の計算をすると,以下の通りです。

  • y=-0.6626x-1+1.1176 (x-1は1四半期前の実質GDP前年同期比を示す)
  •  x-1項t値-13.43,定数項t値9.34
  •  標準誤差0.580,修正済み決定係数0.783

 ここから潜在成長率を算出すると,1.6867%となります。つまり,コロナ禍後の米国経済では潜在成長率が上昇し,その分,緩やかな景気の鈍化であっても失業率が上昇しやすいことがわかります。

 10月8日付のアトランタ連銀GDPナウキャストによれば,7-9月期の実質GDPは,前期比年率換算+3.2%と推計されています。前年同期比では+2.8%と計算されます。今後,実質GDP成長率が年率2.5%を下回るようになれば,失業率は再び上昇しやすくなると考えられます。

 昨年4月の3.4%から今年7月の4.3%まで徐々に上昇してきた失業率が,足元で2か月連続で低下したことで,物価安定と最大雇用という二重の責務(Dual Mandate)を負うとされるFedとしては,9月の0.5%利下げの後,追加利下げを急ぐ必要はなさそうです。ただ,景気が緩やかな減速傾向をたどっていると見られる点では,失業率が下げ止まったとするのは早計でしょう。利下げも,雇用統計発表前に金融市場が想定していたペースより遅くなったとしても,継続されると考えられます。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3592.html)

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