世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3582
世界経済評論IMPACT No.3582

日本の金融政策正常化,財政再建の是非

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.10.07

需要不足状態を示すGDPギャップ

 日本で金融政策正常化や財政再建を進めるべきかということは,政治・経済上の大きな問題となっています。

 日本の実質GDPは,4-6月期には前年同期比−1.0%と落ち込んでいます。内閣府の推計によれば,4-6月期のGDPギャップは−0.6%であり,経済全体では需要不足の状態であることを示しています。景気が良くない時に金融正常化の一環として利上げを急いだり,財政再建のために緊縮策を取れば,景気が一段と悪化することが懸念されます。景気循環の波を小さくするという本来の金融・財政政策の役割からすれば,今のタイミングで金融政策の正常化や財政再建を拙速に進めるべきではないと言えるでしょう。

金融・財政政策の生産性向上効果は乏しい

 ただ,2012年末に始まったアベノミクス以降,中期的な経済成長率を押し上げるという役割まで,金融・財政政策が背負わされてきたようです。しかし,内閣府の推計によれば,経済の供給能力を示す潜在GDPの成長率や,技術進歩の度合いを示す全要素生産性の潜在成長率寄与度が加速した兆候はありません。2002年10-12月期から2012年10-12月期までの潜在GDP成長率は年率換算値で+0.5%,全要素生産性寄与度は+0.8%でした。2012年10-12月期から2024年4-6月期までの期間では,それぞれ+0.4%,+0.6%に下がっています。経済成長トレンドの押し上げが期待できないなら,金融・財政政策を通常状態に戻すべきかもしれません。

 これに対し,これまでの政策の規模が足りなかったのだとか,成長分野へ重点投資をすれば,もっと効果が上がるはずだといった反論もあるかもしれません。

円の信認低下による生産性鈍化の懸念

 また,財政破綻の懸念に対しては,政府債務が増えても,日銀が国債を購入して国債利回りの上昇を抑制すれば,財政破綻は起きないとの見方もあります。

 ただ,政府債務と日銀の国債保有残高の累増に歯止めがかからないと,円に対する信認が薄れ,円安になるでしょう。実際,BIS(国際決済銀行)と日銀が発表している月次の円の名目実効為替レートは,2012年までは長期的に上昇基調にあったものが,アベノミクス開始に前後して日銀の国債購入増の機運が高まった頃から下落に転じ,その後下落基調が続いています。一方,実質実効為替レートは,IMF統計に基づく先進国平均値に対する日本の相対的な生産性(人口1人当たり実質GDPの相対値)の低下に呼応するように1995年から下落基調がずっと続いています。円の信認低下によって直接投資や証券投資などの形で資本流出に拍車がかかると,国内貯蓄が国内投資に十分回らくなり,生産性上昇率がさらに鈍化しかねません。そうなれば,生産性上昇率の鈍化と円の実効為替レートの下落の間でスパイラルが生じる可能性もあります。足元の景気に一定の配慮をしつつも,日銀と政府が金融政策正常化や財政再建に前向きの姿勢を示すことが,円の信認維持のために必要でしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3582.html)

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