世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3570
世界経済評論IMPACT No.3570

中国不動産不況に底打ちの兆:社会改革と絡めた総合対策が始動

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2024.09.23

 3年間続いている不動産不況は,一見底なしに見えたが,この間実施された様々な施策により,徐々に底打ちの兆が見えるようになってきた。しかも,これらの施策は,不動産開発業者の淘汰,市況のテコ入れといった対症療法に留まらず,長年の社会的課題だった農民工の処遇や,新都市開発といった社会改革をも包摂した大掛かりなものとなっている。

 不動産分野における過剰投資の是正は4段階に分けて行われてきた。まず2020年に開発業者に対する財務規制が導入され,資金調達が厳しく制限されるようになった。ところが,これによりキャッシュ不足に陥った開発業者の仕掛物件の工事がストップしたため,お金を払っていたにも関わらず物件が竣工しないため,入居できないという問題が続出。これを受けて2022年に「保交楼」策が発動された。物件の収益性を精査したうえで,工事資金を融資することで,竣工を急がせる。そして翌23年には,開発業者のトリアージュが行われた。また,乱脈な不動産融資の責任を問われ,50名以上の銀行幹部が処分され,城投公司の70以上が整理・統合された。保交楼の対象となったのは全国350万物件に上るが,昨年末までに80%以上が竣工した。

 市場の混乱と金融リスクが回避される中,需給調整も進んでいる。不動産開発投資額は2021年の13.6兆元から23年には11兆元まで減少した。昨年8月から今年7月までを見ると,新規着工面積は6.4億平米から4.4億平米まで減少,竣工面積も同じく1.4億平米減少した。住宅販売金額は,21年から23年の間に6兆元もの減少となった。

 こうした中,今年に入って第四の矢として,需要促進策が打ち出された。全国で住宅購入に関わる様々な規制が緩和・撤廃され,住宅ローン金利の引き下げや頭金比率の引き下げ,さらには,審査期間の短縮が進められた。住宅ローン金利は3%を割り込むケースも出てきた。全体で見れば,住宅ローンの平均貸出金利は2023年に4.5%から今年には3.7%まで低下している。残高30兆元として2千億元を超える所得効果が生まれた。住宅ローンの借り換えにあたっては一旦全額を期前弁済し,改めて借入手続きを行わなければならない。借り手にとっては新たな借り入れ手続きを講じなえればならない上,貸し手にとっては,他行に融資が移るので,どうしても足踏みしがちだが,金融監督管理総局は,借り手の一時的な負担軽減策を講じ,借り換えに積極的に応じるよう銀行に対する指導を強化しているようだ。

 一方,住宅価格の暴落を防ぐため,地方政府の住宅建設局は,取引価格にガイドラインを設けていたが,中古住宅は,「以価換量」の名のもとに,除外されるようになった。この結果,中古住宅価格の下げ幅が持続的に拡大する中,販売件数は今年に入ってとくに大都市部において反転上昇の傾向を見せている。

 不動産市場において,最大の問題は在庫である。住宅在庫は38.4億平米にも上っている。一人当たり平均居住面積39平米で除すれば,約1億人分ということになる。在庫減らしのために農民工を対象とした販促が企画されている。農民工数は約3億人。しかし,就業地あるいは居住地の戸籍を保有していなければ住宅は購入できない。そこで,戸籍制度の改革も並行して実施されるようになった。人口3百万人以下の3・4線都市では,戸籍制限が撤廃された。この動きは,2線,1線都市にも広がりつつある。ただ,農民工の所得水準は概して低い。このため,中古住宅を地方政府や国有企業が買い上げ,「保障房」として低廉な価格で販売するといったことも実施されるようになっている。買い上げ資金の一部は人民銀行が用意するが,金融機関の上乗せ分を合わせれば5千億元になると言われる。また,戸籍制度の改革と併せ,農民工を対象とした社会保険加入が義務付けられ,同時に,戸籍がないゆえに就学できなかった農民工子女の教育環境を整備するための小中等学校の拡充も開始されている。

 新規の住宅需要掘り起こしも進められている。まず,「城中村」の再開発。都市部にあるスラム街の再開発である。そして「老破小(古くガタがきていて小規模な)」物件の修改築。そして「昇級」である。ただ,これは一筋縄ではいかない。城中村の再開発の費用をどうするのか。居住者の立ち退きに関わる保障問題などがある。「老破小」物件の場合,修繕積立金制度が不十分なので,だれがその費用を負担するのか。また,改築にあたっての安全基準も十分に整備されていない。90年代以前に建てられた住宅は25%,大都市部では30%に及ぶ。90年代の手抜き工事と老朽化のため,倒壊してしまう物件もこのところ続出している。これらの修改築費用は膨大なものとなるだろう。

 また,地方政府の多くが火の車の財政状態にあり,資金負担には耐えられない。そこで検討されているのが「住宅年金」の導入である。長期修改築積立金と言っても良いだろう。これについては,一種の固定資産税ではないかと懸念する声も出ているようだが,土地を国有とする中国において,これはあり得ない。すでに,土地使用権と上物の売買にあたっては譲渡額に最低30%を課税する土地増値税制度が制定されている。ちなみに,広州市では,住民が資金を出し合って,低層マンションを丸ごと建て替えたというケースも出てきた。こうした動きに金融機関が絡んでくれば,「老破小」住宅問題にも一定の解決の目途がつくかもしれない。

 順調に行きそうなのが「昇級」かもしれない。中国の集合住宅は,「70・90」,すなわち可住面積70平米,共用部込みで90平米を基本としている。可住面積百平米を超える物件は「贅沢」であるとして建設許可が下りにくかったのだが,今や,これが新規住宅需要の目玉になっているようだ。「昇級」にあたっては,住宅建設部と生態環境部が協力し,省エネ住宅や,緑化可能な広いベランダを備えた住宅など,環境に配慮した住宅建設が推奨されている。建築基準もこれに合わせて改訂される。これにあたっては,農村と都市の融合が眼目となっている。自然環境を活かした住環境と,そこに住む住民向けに近郷の農民が自分が栽培・飼育した物産を持ち込み,市を立てるという構図だ。郊外の住宅地に「道の駅」が併設されるというイメージだ。無論,環境に恵まれたより広い住宅に住むということは,少子高齢化対策にもなりえるという党・政府の期待も透けて見える。

 中国の不動産関連シンクタンクの中指研究院によれば,業界の市況に対する認識に楽観論が広がりつつあるという。規制強化→淘汰→後始末という3年間に及んだ調整策に加え,仕上げともいうべき社会改革の姿が出現している。ようやくトンネルの先に光が見えつつあるという状況と言えるかもしれない。ただ,足元の状況は楽観を許さない。業界関係者の七割が依然悲観的な見方をしている。ただ,金融機関係者の四割が先行きを安定・楽観視している。不良債権が峠を越えつつあることを認識しているためだろう。一方,購入者のマインドはまだまだ懐疑的だ。2023年から24年にかけて,住宅購入を検討していると回答した割合は23%から15%に低下している。価格の底がまだ見えないため,様子見の態度を取っているものと思われる。左記の中指研究院のアンケート調査によれば,市況底打ちまで最短1年,市況回復にはあと三年程度を見込むとの回答が過半を占めた。

 不動産開発投資をメインエンジンとした成長路線は終焉した。しかし,前後見境なく,お金を借り,建物を作り,売れ残りなど気にせず,作り,売り続けた「野蛮投資」の跡片付けは,そうそう簡単ではない。ただ,対策は着実に打たれている。それは,農民工への戸籍付与も含めた社会改革の様相も呈している。単なる不動産不況問題に留めず,それを社会改革の実現に絡めてゆく党・政府の構想力,ヴィジョンには一目置くべきと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3570.html)

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