世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3568
世界経済評論IMPACT No.3568

インフレ輸出国からデフレ輸出国に転じる米国

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.09.23

米ドルと商品価格の相関の変化

 9月18日の米国での利下げは,インフレ圧力低下を反映したものと言えます。インフレ率と金利が低下する流れの中で,商品価格と米ドルは下落基調にあるようです。

 Fedが発表する米ドル実効為替レートと商品価格の指標であるブルムバーグ商品指数の間には,2020年頃まで負の相関がありました。2006年1月から2020年12月までの両者の月次データの間の相関係数は−0.877でした。米ドルの国際的価値が下がると,ドル建てで見た商品価格が上がる関係です。しかし,2021年以降,両者には時差を伴いながらも正の相関が生じています。商品価格を6ヵ月先行させて,2020年7月から2024年3月までのブルムバーグ商品指数と,2021年1月から2024年9月(13日時点)までの米ドル実効為替レートの相関係数を取ると,+0.813になっています。インフレ圧力が弱くなって商品価格が低下すると,米金利と米ドルが低下する関係に変化したようです。

財政刺激策の効果低下と金融引締めによるインフレ圧力低下

 米国での物価高騰は,コロナ禍などによる供給制約と大規模な財政刺激策によって生じたと考えられます。米国のGDP統計ベースの一般政府財政収支(資本移転分を除く)のGDP比は,2019年には−6.6%であったものが,2020年4-6月期には家計や企業への給付金支給などにより,−25.7%と赤字幅が急拡大し,2021年4-6月期まで10%以上の赤字が続きました。その後2022年前半には4%弱まで赤字幅は縮小しましたが,2023年の個人所得税率テーブルの見直しが実質減税となり,赤字は再拡大しました。2024年4-6月期にはGDP比7.4%と,景気後退期や景気回復初期ではない時期としては歴史的高水準にあります。

 ただ,供給制約は解消され,財政拡張策の景気刺激効果は弱まり,金融引締めも相まって,インフレ圧力が低下したと見られます。米国では,リーマン・ショック以降,家計と企業を合わせた民間部門の貯蓄余剰(=支出不足)が常態化しています。GDP統計ベースの1995年から2007年における民間部門の貯蓄投資収支(資本移転分を除く)のGDP比は平均−0.2%でした。平均的には大きな貯蓄の過不足はないものの,景気が悪化すると貯蓄余剰になり,景気が良くなると貯蓄不足になっていました。しかし,2008年以降の平均値は+5.3%であり,2024年4-6月期も+4.1%の貯蓄余剰でした。財政刺激政策による下支えがないと,需要不足になりやすい状況が続いています。現在,上に述べたように財政赤字のGDP比は大きく,政府債務残高も累増しており,追加的に財政刺激策を発動する余地は限られています。景気が鈍化した時,景気回復のためには,財政政策の代わりに大幅な金融緩和と米ドル安が必要になるでしょう。

懸念される日本への影響

 商品価格と米ドルの上昇から下落への転換は,国際的には米国がインフレ輸出国からデフレ輸出国に変化することを意味します。中国が過剰生産によってデフレ輸出国の性格を強めている今,米中双方と深い経済関係を持つ日本への影響は大きくなるでしょう。

 ブルムバーグ商品指数を円建てに換算すると,月次データでは2022年4月には前年同月比70%以上の上昇を記録した後,2023年3月から12月にかけて前年比で下落しました。今年5月には前年同月比約18%の上昇となりましたが,8,9月には再び前年比10%程度下落しており,今後,下落率が拡大しそうです。日本の国内企業物価は円建て商品価格指数に対して6ヵ月程度遅れて変動する傾向があります。来年前半には国内企業物価は前年同月比マイナスに転じそうです。消費者物価は国内企業物価からさらに1年程度遅れて動く傾向があります。7月の生鮮食品を除いた消費者物価は前年同月比+2.7%でしたが,今年末頃には2%を割り,来年後半には1%を割ると予想されます。消費者物価インフレ率の低下は,家計にとっては良い話です。しかし,中国の過剰生産に米景気鈍化,ドル安円高が重なって日本の外需環境が悪化することは,企業利益には大きくマイナスに働きそうです。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3568.html)

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