世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3565
世界経済評論IMPACT No.3565

資本主義の破綻をどう救うか

湯澤三郎

(国際貿易投資研究所 顧問)

2024.09.16

 慟哭の戦火,止めどない環境破壊と資源の費消,常態化する自然災害の悲惨,暮らしと遊離する政治不信,科学技術の進歩が招く雇用不安。地球規模で広がる乱世が社会と人心を荒廃させている。市民・消費者の行き場のない鬱憤と怒りが各国で噴出している。マグマは格差拡大の波に呑み込まれた暮らしの逼迫だ。日本国内では過去30年間(91年~2020年)の賃金低位横バイ(内閣府)に加え,相次ぐ企業の不祥事や終わりの見えない値上げの洪水に消費者は憤り,改めて企業への疑念を深めている。「企業は儲かりさえすれば道理,道義は関係ないのか」と。

マルクス・ガブリエルが提唱する倫理資本主義

 マルクス・ガブリエルは「経済的利益は道徳的に優れた行為の結果として得られる」と説き,倫理資本主義を提唱している(「倫理資本主義の時代」早川新書,2024年5月)。

 彼は「道徳的価値生産と本質的に結びついた経済的剰余価値生産のあり方を考えることで,道徳的価値と経済的価値をリカップリングすることは可能であるし,そうすべきである」と断言して,企業の具体策を提案している。

 それは企業内にCPO(Chief Philosophy Officer=最高哲学責任者)を置き,配下の倫理部門に10人ほどの人文科学・社会科学の専門家を配置せよという提案だ。いずれもドクターレベルのトップクラスの人材で,うち倫理学者(哲学者)4人,経済学者2人を含む。

 「同部門は社内外からの経済的圧力から完全に独立し,内部のあらゆる情報,例えばサプライチェーンと物流ライン,ジェンダーの多様性から研究開発結果や投資先候補などに精通する」。「倫理部門の重要な役割の一つが企業の社会的取引のうち,道徳に関係する側面と無関係の側面を区別し,企業活動の総和として全体収益が向上するよう価値判断し,改善を提言することである。製品ラインの変更や企業の再編に関わることでも,提言には拘束力を持たせるべきである。したがって,倫理部門は上層部の影響力から独立性を持たせるべきだ」とガブリエルは強調する。

 果たして彼の提唱は民間企業にどの程度説得力を持つだろうか。

 現実のデータは楽観を戒める。SDGs(持続可能な開発目標)に含まれるジェンダー・平等など「多様性・包摂性」の実行について,英・米両国で先行する3業種の企業調査(マッキンゼー,2020年)によれば,企業幹部への女性登用は2019年までの5年間で15%から20%への微増に留まった。

 日本では渋沢栄一が唱えた「義理合一」,即ち仁義道徳と生産利殖を合一すべきであるという同様の思想が生まれている。日本は必ずしもガブリエル流ではないものの,風土に根差した倫理資本主義の軌道が見えてきた。

女性パイオニアによる99年アジア初のSRI投信

 金融部門で1998年以来,SRI(社会的責任投資)を率先唱導して成功を収めている投資顧問会社がある(グッドバンカー株式会社・筑紫みずえ代表取締役)。創業翌年の99年,環境問題などへの取り組みが経営の競争力に結びつき,成長によって株価上昇をもたらすというアジア初の投資信託・エコファンドを,日興証券グループと共同開発して発売,業界も目をむく画期的大成功を収めた。同社の成功は800項目からなる企業行動の評価システムにある。

 「SRIはCSR(企業の社会的責任)に投資する。SRIはSDGsの金融版である。企業の社会的責任とは経営におけるE(環境),S(社会),G(ガバナンス)への取り組み,そのことが経営の競争力と企業価値の増大に結びついているか,その結果,中長期的な株価の上昇につながるかということを分析,評価する」同社の活動が内外の信頼を勝ち得てきた。(産業新潮2020年4~7月号,筑紫みずえ著)。

 筑紫論文によれば世界のSRI市場21兆ドルのうち,日本は75億ドル(0.04%)に留まる。フォーチュン1000社の企業群の株式の73%は機関投資家が保有し,そのうち年金基金は最大のオーナーで30%を保有している。米国では既に1970年にピーター・ドラッカーが,アメリカの労働者は企業年金や年金基金を通じて,全産業の株式資本の3分の1以上を保有していると述べている。

 組織構成員の労働者や市民が資産運用について,ESGの取り組みに前向きの企業へSRIを働きかけることによって,地球レベルの道徳的進歩を促す途が拓ける。

日本のSRIを左右する女性の社会参加

 日本の各組織も徐々にSRI指向に踏み切っている。1999年には連合がエコファンドへの投資を機関決定し,それに基づいて教職員の労組や自治労などがエコファンドに投資した。最近ではGPIF(年金積立管理運用独立行政法人)がESG投資に乗り出すと表明している。

 だがその後ITバブルの崩壊から日本のSRI/ESG市場は長期停滞に陥り,世界の潮流から大きく外れた。

 今夏,各国を襲った熱波・異常気象は,地球環境の回復が切迫した急務と警告している。33年連続で世界最大の対外純資産国を誇る日本が,世界のSRI動向に与える影響は重い。SRIは日本の筑紫氏初め米,英,仏,スイスではいずれも女性が立ち上げた。女性の感性や価値観がSRIを育て,担っている(筑紫氏)と言ってもよい。ジェンダー平等とSRI投資は通底した図式になっている。

 ならば,ジェンダーギャップで世界146か国中118位(世界経済フォーラム24年6月)に甘んじる日本は,今後政治・経済分野における女性の参加増が,SRI拡大の潮流を生むと期待してもよさそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3565.html)

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