世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
今,米国株はどの程度割高か
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.09.09
PERとイールド・ギャップによる評価
株価の評価には,株価収益率(PER)がよく用いられます。米国では,金融勘定(資金循環勘定)から全株式の時価総額を取ることができます。これをGDP統計から取れる税引き後企業利益で割ると,マクロ経済統計ベースのPERを算出することができます。金融勘定による株式時価総額は四半期統計であり,まだ3月末分までしか発表されていませんが,株価指数をもとにした8月末の株式時価総額推計値と4-6月期の税引き後企業利益から求めたPERは,32.4倍となっています。これを2000年1-3月期以来の平均値21.6倍と比較すれば,米国株は約50%割高と評価されます。また,2022年7-9月期には平均値に近い22.2倍であったことから,約2年で大きく割高感が高まったと言えます。
金利水準も考慮した株価評価の指標としては,PERの逆数である株式益利回りと長期債利回りとの差であるイールド・ギャップがあります。8月末時点の株式益利回りの推計値は,32.4倍の逆数である3.09%であり,4.20%であった30年物財務省証券利回りの差は−1.11%でした。これが2000年来の平均値+1.05%に戻るとすれば,債券利回りが動かない場合,益利回りは5.25%,PERはその逆数で19.1倍となります。イールド・ギャップでは,株価は約70%割高となります。イールド・ギャップも2022年7-9月期には+0.95%と平均値に近く,2年間での割高感の高まりが顕著です。
割引現在価値モデルでは約73%割高評価
私自身は,金利に加えて企業収益の期待成長率を考慮した,割引現在価値モデルで米国株を評価しています。株式を償還期限がなく,収益が長期的に一定の率で成長すると予想されるものの,短期的に変動することがある証券と捉えると,株式の割引現在価値の算出式から,株式リスク・プレミアム = 益利回り - リスク・フリー金利+収益の期待成長率,という関係が導き出せます。リスク・フリー金利と収益期待成長率のそれぞれから期待インフレ率を取り分けると,正負の符号が逆であるため期待インフレ率分が相殺され,リスク・フリー金利も収益期待成長率も実質ベースで捉えることができます。そこで,リスク・フリー実質金利の代理変数を30年物インフレ連動債利回りとし,収益実質期待成長率の代理変数を議会予算局が推計している潜在GDP成長率(前期比年率換算値)を代理変数とすれば,恣意的な経済予測や企業利益見通し等を使わずに,株式リスク・プレミアムの推計値を算出できます。これによれば,8月末時点の株式リスク・プレミアムは3.15%と推計され,2000年来の平均値5.40%を大きく下回っています。金利と収益期待成長率が動かずに,リスク・プレミアムが平均値に戻れば,PERは18.7倍となります。このモデルでは株価は約73%割高と評価されます。割引現在価値モデルでも,2022年7-9月期のリスク・プレミアムは5.31%と平均値に近く,やはり2年間で大きく割高感が高まっています。
景気と株価の関係
2000年1-3月期以降の期間において,上で求めた株式リスク・プレミアムと,実質GDPと潜在GDPから算出されるGDPギャップの相関係数を求めると,−0.539と負の相関があります。4-6月期のGDPギャップは+1.07%と,需要超過の状態にありますが,景気が悪化してGDPギャップがマイナスに転じれば,リスク・プレミアムが上昇する可能性があります。さらに,景気が悪化すれば,企業利益も減少するでしょう。リスク・プレミアムの上昇と企業利益の減少が重なれば,株価は大きく下落しそうです。ただ,米国の今年から来年の景気の行方がはっきりしない現状では,割引現在価値モデルやPER,イールド・ギャップによる評価も,短期的な株価の予想にはほとんど役にたたないでしょう。
株式リスク・プレミアム + リスク・フリー金利 = 株式期待リターン,という関係に基づけば,8月末時点での米国株式の長期期待リターンは,3.15% + 4.20% = 7.35%と計算されます。これは2000年来の平均値9.24%を大きく下回る水準です。米国株への長期投資を検討する上では,短期的な株価予想より,こうした長期期待リターンを注視すべきではないかと思います。
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