世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3552
世界経済評論IMPACT No.3552

TSMCのドレスデン工場起工式と研修:ドレスデン工科大学の学生が見るTSMC

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.09.09

TSMCのドイツ工場起工式

 TSMC(台湾積体電路製造)は8月20日,欧州における同社初の半導体生産拠点であるドイツ東部ザクセン州のドレスデンで工場の起工式を行った。式典にはTSMCの会長・CEOの魏哲家(C・C・ウェイ),欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長,ドイツのシュルツ首相らが出席した。

 TSMC傘下の合弁企業「ESMC」(European Semiconductor Manufacturing Company)の総投資額は100億ユーロ(約1兆6000億円)超を見込む。そのうち,欧州委員会が承認した50億ユーロの補助金をドイツ政府からが支出した。ESMCの出資比率は,TSMCが70%,独・自動車部品大手ボッシュ(Bosch),独・車載半導体大手のインフィニオン・テクノロジーズ(Infineon),蘭・車載半導体大手のNXPセミコンダクターズがそれぞれ10%,計30%を出資する。ESMCのトップにはボッシュ出身のコイッチュ氏が就く。主に車載半導体や産業機器向け12~28nm(ナノメートル)の成熟世代の半導体を製造し,月産4万枚を予定(2029年フル稼働時)する。インフィニオンやNXPは車の制御を担うマイコンなどの生産をTSMCに製造を委託している。2024年中に工場建屋の建設が開始され,2027年末までに稼働を予定する。

 欧州の政府関係者がTSMCを積極的に誘致した理由に,新型コロナ禍で車載半導体の不足が深刻化し,日米独の自動車生産が軒並み稼働停止に追い込まれたことが挙げられる。各国の官民挙げての台湾製半導体の獲得についての動きは既掲の拙稿「世界の車載半導体不足」(No.2049)で詳しく論じている。欧州・独の基幹産業である自動車産業の半導体の安定的確保,特に車の電動化や先進運転支援システム(ADAS)の普及など中長期的な重要性に備え,新工場は欧州向け供給拠点の役割を果たす予定である。

 TSMCはドイツの大学や地元政府と人材育成プログラムを去年からスタートし,2月から第1陣の学生を台湾に招き,研修を行う。以下ではその研修と研修生のインタビューを紹介する。

半導体人材育成プログラムによる研修

 2023年9月19日,TSMCはドレスデン工科大学(TUD)と「半導体人材育成プログラム(Semiconductor Talent Incubation Program Taiwan)協定」を締結した。この協定は,半導体関連人材の育成を目的として,TUDなどの大学から毎年100名の学生を台湾に派遣する留学プログラムである。半導体産業の将来のキャリア形成に向け若い世代を訓練するために,ドイツのSTEM(科学:Science,技術:Technology,工学:Engineering,数学:Mathematics)分野の学生向けに特別に設計された育成プログラムである。

 このプログラムは,台湾大学で半導体に関する4カ月間の講義を履修するほか,TSMCのトレーニングセンターで2カ月間の実践訓練を受ける半年間コースである。学生は現場で実習を行うことで,半導体の製造プロセスや基礎技術への理解を深め,実践的な経験を積むことができる。

 ESMC の半導体ウエハー工場は,2027年末までにおよそ2000人の従業員を採用するとしており,この人材育成プログラムは,欧州における半導体製造へのTSMCのコミットメントと言えよう。

 今年2月にはTSMCで初回の人材育成プログラムを終えた。25歳のポーランド出身の女学生ヴェロニカ・ワロンコ(Weronika Woronko,以下,WW))と同じくインド出身のシュラダ・コマトワール(Shradha Komatwar,以下,SK)に対し,ドイツの国営国際放送ドイチェ・ヴェレ(DW)がインタビューをした(德國學生到台積電實習 有哪些收穫?|DW獨家視角)。

研修生のインタビュー

  • DW:台湾で半導体技術を学んだことで,どのような収穫が得られましたか?
  • SK:半導体工場内におけるウエハー輸送のすべてが美しく自動化されており,非常にエキサイティングな体験でした。
  • WW:半導体の領域は持続的に進歩し,今後の数十年は明るい展望が期待される。これも私がTSMCに研修を申請した理由です。
  • DW:TSMC技師の「昼寝の文化」にカルチャーショックを受けたと言いますが?
  • SK:私たちは技師らと昼食を済ませた後,彼らの多くは机で昼寝を始めました。初めのうちは一体どうしてしまったのかと驚きました(昼休みは1時間のため,昼食の約20分,残りの40分を昼寝)。
  • WW:ヨーロッパでは昼休みが短いため,昼食後はすぐに仕事に戻っていましたが,今は私も昼寝をしています。ですので,午後も元気に働けます。
  • DW:TSMCの技師と接して,貴女はどのような文化の違いを感じたか?
  • WW:TSMCでは,皆が多くの時間を仕事に集中します。正確さを追求し,細かな部分にも心配りを怠らず,細心の注意を払っています。
  • SK:インドでも残業をする人を見たことがあるので,TSMCで多くの人が残業をすることは理解ができます。残業をすることは,仕事上の経歴を増やすことにつながるので,私も厭いません。
  • DW:この研修プログラムは,ドイツの学生の半導体に対する実務面での知識を育成することを目的としていますが,他方で,ESMCの半導体工場が完成すれば,人材募集が始まります。研修後はどうされますか?
  •  *TSMCは大学との協定を通じ,第1陣として,30名の学生を人材育成プログラムに受け入れた。学生の出身国は6カ国に及ぶ。彼らは台湾大学で1学期(4カ月)の講義を受け,TSMCの台中の研修センターと半導体工場で2カ月の研修を受ける。今後は年間最大100名の学生に台湾での研修機会を提供する。
  • WW:今後,私たちはESMCで仕事をするチャンスがあります。TSMCは国際的に著名な企業で,評判も高いですので,私の履歴書に「TSMC研修生」と書けることは,将来の加点になります。
  • SK:今回の研修を通じて,ESMCが求める人材について具体的に理解することができました。
  • DW:今回の研修生の男女比は約2対1です。2023年のGSA(Global Semiconductor Alliance)のデータでは,半導体産業に従事する女性比率は約30%未満で,TSMCでも34%です。就職に際して性別が障害になると思いますか?
  • SK:私はシングルマザーによって育てられました。母親は非常に強く,自立した女性です。半導体の業務内容を知る前は少し心配しましたが,女性がエンジニア領域で働くことは何の問題もないと思えるようになりました。特に設備エンジニアは体力の要る仕事ですが,業務知識があれば,女性も従事ができると思います。
  • WW:専門的な仕事に継続して従事しようとするには,男とか女とかの関係でなく,必要なものは知識と技能だと思います。
  • DW:二人がドイツに戻った後,大学院で修士を取得する予定ですが,これからプログラムに参加する研修生にアドバイスはありますか?
  • WW:台湾で使う言葉を学んでくることです。誰もが流暢な中国語や台湾語に期待していないけれど,挨拶や買い物で使う日常会話ができれば役に立ちます。少しでも基礎的な会話能力を持つと相手から好感を持ってもらえます。
[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3552.html)

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