世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
岸田政権のエネルギー政策の通信簿:原子力は落第,その他は及第
(国際大学 学長)
2024.09.02
岸田文雄首相は,2024年8月14日に記者会見を行い,1カ月後の9月に予定される自民党総裁選に出馬しない意向を表明した。これによって,21年10月に発足した岸田政権は,3年で終焉することになった。
不出馬表明の会見の席上,岸田首相は,同政権の3年間の成果を強調したが,そのなかには,エネルギー政策の進展も含まれていた。果たして,本当にそうだろうか。本稿では岸田政権のエネルギー政策について,冷静に評価することにしよう。
結論から言えば,岸田政権に対しては,原子力政策に関しては落第点,それ以外のエネルギー政策に関しては及第点を与えるべきだ,ということになる。まず,原子力政策に目を向ける。
22年12月のGX実行会議において岸田首相は,原子力発電所(原発)の運転期間に関して,「原則40年,延長は1回に限り最長20年」という現行の枠組みを維持しつつも,原子力規制委員会による審査や裁判所による仮処分命令などで運転を停止した期間を計算から除外し,その分を追加的に延長できるようにする新方針を打ち出した。その結果,日本の既設の原子炉は,実質的には,従来の上限だった60年を超えて運転期間を最大で約10年延長することができるようになった。この新方針を盛り込んだGX脱炭素電源法案は,23年5月に可決,成立した。
これらの動きの発端となったのは,22年8月のGX実行会議で,岸田首相と西村康稔経済産業相(当時)が行なった原子力に関する発言である。そこで岸田政権が,原子力政策遅滞の解消に向けて2022年末までに政治決断が求められる項目としてあげたのは,(1)次世代革新炉の開発・建設と,(2)運転期間の延長を含む既設原発の最大限活用との,2点であった。
そもそも,この(1)と(2)とのあいだには,一種の論理矛盾がある。新しい炉を作るならば古い炉はいらないし,古い炉が運転延長できるならば新しい炉は不要だからである。
唯一,矛盾せずに論理が成り立つのは,新しい炉を作るが,それには時間がかかるので,それまでの期間は古い炉の運転延長でつなぐ,という言い方をした場合だけである。この場合も,大前提として,新しい炉を作ることを明確にしなければならない訳である。
しかし,現実には,岸田政権が具体的な形で方針を示したのは,(2)の既設原発の運転期間延長だけであった。対照的に(1)の次世代革新炉の建設については,いかなる政治決断もなされなかった。
電気事業者から見れば,次世代革新炉の建設は1兆円オーダーのコストがかかる。一方,既設炉の運転延長は,どんなに高く見積もっても,二桁小さい費用(1基当たり数百億円)で済む。
このように既設炉の運転延長ができるのであれば,電気事業者がわざわざ高いコストをかけて,次世代革新炉を建設するはずはない。岸田政権による運転期間延長方針の決定は,皮肉なことに,革新炉建設を遠のかせる逆機能を発揮したのである。
これは,ゆゆしき事態である。今,わが国では,筋の悪い既設原発運転延長がどんどん進行し,原発の危険性を縮小するという意味で本来あるべき次世代革新炉の建設が後景に退くという,最悪のシナリオが進行しつつある。
以上が,岸田政権の原子力政策に落第点をつける理由である。
一方,岸田政権の原子力政策以外のエネルギー政策については,及第点をつけることができる。なぜなら,力を注いできたGXの推進は,基本的には的確なものだからである。
岸田政権は,23年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。GXとは,グリーン・トランスフォーメーションの略称であり,「化石燃料をできるだけ使わず,クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動のこと」(経済産業省)である。
岸田政権のもとで,「GX実現に向けた基本方針」を具体化した法律が相次いで制定された。23年5月に可決・成立したGX推進法,24年5月に可決成立した水素社会促進法とCCS(二酸化炭素回収・貯留)事業法などが,それである。
「GX実現に向けた基本方針」は,「今後10年間で150兆円超の官民投資」が行われるという見通しを示した。さらに,それを実現する呼び水として,国債(仮称「GX移行債」)を発行して得る20兆円を,GXに先行的に取り組む事業者に対して補助金として支給する方針も打ち出した。
政府は,閣議決定を行った23年2月の時点で,「GX実現に向けた基本方針」が補助金の支給対象として掲げた事例と,それらの「今後10年間における官民投資の規模」の予測値を発表した。その予測値のなかで,原子力関係(「次世代革新炉」)の投資規模は,わずか1兆円にとどまった。つまり原子力に対しては,150兆円超の投資を見込むGX全体のなかで,「150分の1」の位置づけしか与えらなかったことになる。岸田政権のもとで原子力は,表向きの威勢のよい口ぶりとは対照的に,実際には,あまり頼りにされないエネルギーにとどまったのである。
しかし,この事実は,裏を返せば,原子力以外の諸施策に,岸田政権は力を入れたことを意味する。「今後10年間における官民投資の規模」の予測値のなかで上位を占めるのは,「自動車産業」(約34兆円〜),「再生可能エネルギー」(約20兆円〜),「住宅・建築物」(約14兆円〜),「脱炭素目的のデジタル投資」(約12兆円〜),「次世代ネットワーク(系統・調整力)」(約11兆円〜),「水素・アンモニア」(約7兆円〜),「蓄電池産業」(約7兆円〜)などの施策である。
これらの施策はいずれも,日本におけるカーボンニュートラル実現にとって,きわめて重要な意味をもつ。「岸田政権の原子力政策以外のエネルギー政策については,及第点をつけることができる」と述べたのは,このためである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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