世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3542
世界経済評論IMPACT No.3542

米国長期金利の行方

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.09.02

経済成長率を下回る30年債利回り

 9月17,18日開催の米FOMCで利下げが行われる公算が強まっています。今後は利下げ幅と,9月以降の利下げのペースが,注目されます。ただ,株式や為替レートの割高,割安の度合いを評価する上では,短期の政策金利より長期金利の方が重要です。

 米国の長期金利の指標である財務省証券30年債利回りは,景気循環に伴う変動を除けば,中長期的には名目GDP成長率に概ね沿って動いているようです。足元では30年債利回りは4%強,4-6月期の名目GDPは,8月29日の改定値発表前で前期比年率換算+5.2%,前年同期比+5.8%と,30年債利回りは名目GDP成長率をかなり下回っています。ただ,米議会予算局が推計する潜在GDP成長率は2%程度であり,Fedが目標とする2%インフレが実現すれば,名目GDP成長率は中期的に4%程度になると予想されます。30年債利回りは,それを織り込んでいるようです。

ブレークイーブン・インフレ率は既に2%へ低下

 償還額が予め決まっている通常の債券と償還額が物価変動に応じて変わるインフレ連動債の利回りの格差であるブレークイーブン・インフレ率(BEI)は,債券市場の期待インフレ率の指標です。現在,30年物インフレ連動債の利回りは2%程度であり,そこから30年のBEIは2%強と計算されます。実際の消費者物価インフレ率は,7月には全体で前年同月比+2.9%,エネルギー,食品を除くベースで同+3.2%ですが,今後徐々に低下することが予想されます。ただ,実際のインフレ率が2%へ向かって下がっても,BEIは既にそれを織り込んでいると見られるため,大きく動かないでしょう。期待インフレ率が変わらなければ,長期金利の変動余地も限られます。

景気回復初期の長短金利差は4%程度

 米景気が鈍化し,インフレ率が低下する過程では,現在目標レンジが5.25~5.5%に設定されている政策金利は大幅に低下して,2022年末から続いている政策金利が30年債利回りを上回るという長短金利の逆転現象は解消されるでしょう。過去,景気回復の初期には30年債利回りと政策金利の格差は4%程度まで開いています。今後,米国経済が景気後退に陥って政策金利が0%まで下がったとしても,30年債利回りは現在の4%強の水準から大きく下がりそうにないことが示唆されます。総じて見ると,今後2,3年程度の期間では,大きな金融危機やインフレ率の急激な再加速のような事態が生じない限り,30年債利回りは3.5~4.5%程度のレンジ内に留まるのではないかと思います。

 長期金利が大きく動かなければ,標準的な割引現在価値に基づく株価モデルや長期金利差を組込んだ為替レート・モデルの推計値も大きく動かないことになります。ただ,それで株価や為替レートが動かないと考えるのは早計です。こうした株価や為替レートの推計モデルには大きな誤差が存在しますが,こうした誤差項の変動は市場のリスク・プレミアムの変動に伴うと解釈できます。裏を返せば,株価も為替レートも,米国の長期金利やその他の経済条件が動かなくてもリスク・プレミアム次第で大きく動く可能性があると言えます。ただ,リスク・プレミアムの変動は基本的に予測不可能です。私自身が作成したモデルでは,米株価は70%以上割高,米ドルは円に対して17%程度割高と推計されますが,それが何をきっかけにして,いつ,どの程度修正されるのかは,はっきりしません。ただ,大幅調整の可能性が示唆されているだけです。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3542.html)

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