世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
“台湾の接収管理を早めに開始せよ”:なぜ厦門大学のホームページから削除されたのか
(九州産業大学 名誉教授)
2024.08.26
米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は,厦門(アモイ)大学の海峡両岸城市規画研究所のホームページに掲載された匿名の論文「台湾の接収管理を早めに開始せよ(尽快启动台湾接管准备)」を英訳(Start Taiwan Takeover Preparations as Soon as Possible)し,ホームページに掲載した。
この短い論文では,厦門大学の両岸都市規画研究所の研究者が,台湾を「統一」する前にその準備を進めるよう中国政府に対し進言している。この中国の野望をあからさまに書いた論文では,「台湾統一」に臨み,行政がスムーズに移行できるように,事前に「影の政府」に相当する「中央台湾工作委員会」と「台湾統治実験区」を作り,教育,軍事,貿易などの課題対応のための準備を提案している。
しかし,8月5日に両岸都市規画研究所のホームページに掲載された原文は,すぐに削除された。現在では入手できないため,CSISの英訳からその要旨を以下に紹介する。
“台湾の接収管理を早めに開始せよ”の概要
米国ではトランプ氏が次期大統領に返り咲く可能性が高まるなど,国際情勢は急速に変化している。こうした中,「台湾統一」のタイムスケジュールが前倒しされる可能性がある。それは,香港に提示した「50年間不変」がありながら(筆者注:わずか20数年で約束を破ったため,誰も信じない),ここ数年,社会秩序の円滑な移行に対する“混乱”が起きたことを考えれば,台湾での円滑な統治はより困難になると考えられるからだ。「統一」後の台湾の統治に向けた準備は急務であり,ここに2つの提案を掲げる。
(1)「中央台湾工作委員会」の設立。
統一以前に,緊急な課題に対し「影の政府」としてその機能を発揮させることが設置の目的である。「中央台湾工作委員会」の組織構造は,現在の海峡対岸(台湾)政権と行政組織に完全に一致した形をとる。組織は一般部門と専門部門に分れ,一般部門では,法規,金融,インフラ統合,税関,出入国管理,軍隊,公務,教育など,統一後の政策の研究に焦点を当てる。専門部門は,台湾行政府における当該部署の歴史,現状,人事,運営ルール等を徹底的に理解し,人員,資金,資産などを遅滞なく接収する方法を提案する。
①台湾の現在の制度,法律を熟知すること。
現状認識に加え,歴史的変遷に的を絞った情報収集,詳細な分析,理解,探究を実施する。日本の植民地時代,戦後の国民党の占領,香港の返還から得た教訓を踏まえて,それに対応する制度の保持,変更,導入,革新の方策を提案し,変更が必要な制度や代替法を事前に設計する。学術的な台湾研究とは異なり,中央台湾工作委員会の各部門は,実践的な経験を基に明確なタスクと目標を持つ。
②台湾の「反台湾独立勢力」を集結すること。
近年,「統一」に対する真の期待や実際的な制度的手段が欠落し,「統一勢力」は弱体化している。国民党の「反台湾独立」も軟化し,「統一」を支持する勢力は組織化されず,個々の行動にまで縮小された。「中央台湾工作委員会」の設立により,これらの勢力を統合・組織化することができる。そして,台湾統一に対する期待を大きくさせ,台湾内部で孤立している反台湾独立活動を,祖国統一のための英雄的活動に変えるさせることができる。関係する委員会の各部門と直接相談・調査を通じ,統一後の世論形成を図ることで,台湾統一に関する現実感をあらゆる社会に持たせることができる。今回の「台湾周辺での軍事演習」が国民感情に影響を与えなかった理由は,台湾の人々が「統一」はまだ遠い先のことと考えているためだ。しかし,実際の権力奪取の準備が始まれば,この行動自体が台湾の国民感情に大きな影響を与える。
③政権交代の影響を緩和すること。
中国の軍事力が増大すれば,「統一」の難易度は下がるが,「統一」後の実効的な統制がますます重要になってくる。「中央台湾作業委員会」の関連部門は,台湾のエリートと機関が,台湾統制計画の企画立案に参加できるようにする。将来の新体制構築に自らが関わったことで,変化の影響に対処できるようにする。こうした計画を多く準備し,台湾の将来へ安定した期待と心理的な準備を形成できるようにする必要がある。台湾社会が新たな政治体制の構築に参加した実感を得られるようにすることは,将来の統治のコストを大幅に削減し,社会の主流となるコンセンサスを形成させることにつながる。
(2)台湾統治実験区の設立
最近の香港の“騒乱”は,「一国二制度」のアプローチと既存のシステムの受け入れが上手くゆかないために生じており,台湾に対してもこの手法が適当でないことを示している。従って台湾は初めから中国との完全統一を目指すべきだ。政策の有効性を事前に検証し,政権引き継ぎのための幹部を育成するため,「統一」後の台湾の管理モデルを完全にシミュレートする。実験の場所は,金門に隣接する厦門の廈安区と泉州の南安市である。特に,金門と厦門の間には密接な接触があるため,そこに実験区を設定することは,台湾の行政システムを複製し,模倣するのに役立つ。
①政策の実験:実験区では,台湾の実際の政治権力構造を可能な限り忠実に複製する。政策と法律は,選挙制度の廃止や保持などの主要な問題から,伝統的な漢字の保持や廃止などの問題まで,台湾が「統一」後に採用する実際の政策に基づくものとする。具体的には,通貨の移行,土地を含む不動産制度の移行のような問題から,教材や教師の移行(大学入試制度や学歴を含む)などの直接的な問題までに至る。
②幹部の訓練:台湾統治実験区を設立する主な目的は,台湾統治後をシミュレートし,実際の統治モデルの機関と人材を訓練することだ。台湾は長年にわたって中国から分断され,中国に慣れた幹部は,台湾での学習に関しては「ABC」から始めなければならない。住民との交流方法にせよ,メディアとのコミュニケーション方法にせよ,中国の幹部は馴染みのないものばかりだ。実験区は,台湾から退役軍人,公務員,教師を採用することで,統一後の政策を策定に寄与する。
③統治のデモンストレーション:台湾統一後の統治モデルは,当初は香港で施行された「一国二制度」であったが,モデルとしての香港は,台湾にはほぼ説得力を持っていない。そのためには,最初からやり直す必要がある。
なぜ記事が削除されたのか
この論文がなぜ海峡両岸城市規画研究所のホームページから削除されたのか。筆者の推測は次のようである。(1)論文では「台湾自治実験区」の設置で論じた内容に,厦門翔安区の人口58万人,泉州南安県の人口151万人が,台湾の行政システムを高度に模倣し,民主主義と自由な選挙体制(住民による直接選挙)を習熟すること提案している。その場合,中国の209万人の住民に民主主義と自由の“火種”を植え付けることになる。これは中国の権威主義体制とは相容れないことである。削除された大きな理由であろう。
1980年代に鄧小平は,「一国二制度で中国を統一」をスローガンで台湾政府に秋波を送った。これに対し,蒋経国総統(当時)は「三民主義で中国を統一」で返し,福建省に「福建民主実験区」を設け,台湾政府に管理を委託する逆提案をした。当然,鄧小平はこれを拒否した。この論文の提案は当時の蒋経国総統の提言に類似しているようにも見られる。
また,習近平国家主席が「一国二制度台湾方案」において,両岸においては民主主義の交渉を行うと提起した。要するに,「羊頭を懸けて狗肉を売る(見せかけが立派でも実質が伴わない)」あるいは「假戲假做(嘘から嘘へ)」であるが,この論文の提言は「假戲真做(嘘から出たまこと)」になる可能性を秘めている。
2022年10月13日,北京市海淀区の四通橋で発生した「四通橋事件」(習近平を批判する横断幕が掲げられた事件)において,「選挙を要する,民主を要する,自由を要する」と書かれたスローガンと,この論文の提言がある意味において似ている所がある。当然,中国当局の方針とは一致しないため,論文は削除されたのだろう。
他方,ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の番組「矢板明夫説三道四」で,前産経新聞台湾支部長の矢板は,「厦門大学のこの論文は党から掲載を許可されたが,内容に秘密の漏洩が含まれていたため削除された」と指摘している。
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