世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
円安の功罪
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.08.26
円安で高まる日本経済の外需依存度
米国での利下げ期待の高まりや7月末の日本での利上げを背景に円高に動くと,日本の株価は急落しました。その後再びやや円安に動くと,株価も回復しました。
円安は消費者物価を押し上げ,個人消費を抑制するため,今の日本経済には望ましくないという議論もあります。しかし,円の実質実効為替レートの長期的下落に伴い,輸出や海外からの所得受取が国民総所得(=国内総生産+海外との所得の受け払い)に占める比率は大きく上昇しています。BIS(国際決済銀行)が発表している月次の円の実質実効為替レートは史上最高であった1995年4月から直近の2024年7月までに64.8%下落しました。輸出の国民総所得比をGDP統計から算出すると,1995年4-6月期の8.4%から2024年4-6月期には21.3%に上昇しました。海外からの所得の受取の国民総所得比は同時期に3.0%から10.0%へと上昇しています。それだけ日本経済の外需依存度は高まっている状況では,少なくとも短期的には円安は日本の景気にプラス,円高はマイナスということは否定できないでしょう。
生産性向上をもたらさない円安
円の実質実効為替レートは,上で述べたように1995年をピークに下落に転じ,名目実効為替レートも2012年1月以降円安傾向が続いているのに対し,技術進歩を示す全要素生産性や設備投資による資本投入の潜在GDP成長率への寄与度には上昇の兆候は見られません。内閣府月例経済報告の推計によれば,1995年4-6月期には全要素生産性の寄与度は前期比年率換算ベースで+0.9%,資本投入の寄与度も+0.9%でした。2024年1-3月期にはそれぞれ+0.7%,+0.1%とされています。
円安は外需を通じて短期的に日本の景気を押し上げる効果はあっても,中長期的には資本投入と技術進歩による生産性向上をもたらしていません。
1990年代初めまでの日本の生産性上昇率が高かった時期に,実質・名目実効為替レートの両方で円高傾向であったことから見ると,円安は日本経済の生産性上昇率の低下の結果とも言えそうです。
円安による日本経済の空洞化
かつて,円高下で日本企業は生産コストの安い外国に生産拠点を移し,日本経済が空洞化するという議論がありました。しかし,円安下でも直接投資の純流出額は増大傾向にあり,日本企業の海外進出は勢いを増しています。IMF国際収支マニュアル第6版に基づく日本の国際収支統計によれば,直接投資の純流出額のGDP比は,現行統計の起点である1996年1-3月期には+0.6%であったものが,2024年4-6月期には+4.5%に拡大しています。IMF世界経済見通しデータベースによれば,日本のGDPの世界シェアは,市場為替レート換算ベースで1996年の15.3%から2023年には4.0%まで縮小しました。直接投資の純流出額の増大は,円安によって日本の相対的市場規模が縮小する中,成長機会を海外に求める企業が増えていることによると考えられます。また,円安によって日本の給与水準が見劣りするようになると,日本で働きたいと考える外国人労働者が減ったり,海外で働こうとする日本人が増えたりするでしょう。
こうした点から見ると,単に円安は日本経済の生産性上昇率の低下の結果であるということだけでなく,円安によって日本経済が空洞化し,生産性上昇率や潜在成長率が低下する面もあるようです。これは,長期的な円安の弊害と言えます。
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榊 茂樹
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