世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AI狂騒曲の功罪
(元信州大学先鋭研究所 特任教授)
2024.08.26
宮崎県沿岸で発生した強い地震と,それに伴う南海トラフ地震臨時注意情報発出,それに続いて本州東岸に迫った台風7号など,自然災害の予知は,災害の多い日本列島に住む人々にとって長年の願いである。ITの発達過程でも時系列解析を使って自然の影響を予想できないか,という課題は常に追求されてきた(天気予報はそれに近い)。特にOpen AI, Inc.が2022年11月にChatGPTを一般公開して以来,AIを応用して予知できないものかと考える人は多数いると思う。その後,瞬く間にIT産業界だけではなく金融経済界でも社会現象として注目されるほど生成AIへの注目度は高まった。多くの非技術系コメンテーターは生成AIを「夢のような技術」と褒め称え,金融関係者は生成AIで分散長期投資をすることで「バラ色の未来」を宣伝して関連証券への投資を囃し立てる。そうかと思えば,「近い将来に人類と地球は生成AIに支配されてしまう」ことを憂う生成AI研究者の悲観的コメントがWEB上で駆け巡るなど,狂騒の坩堝となっている。酷暑の旧盆を終えて,改めて筆者が以前から指摘していることを再度述べたい。
本論に入る前に本稿のポイントを示す。ほとんどのメディア関係者がごっちゃにしているのが生成AIによる「大規模言語モデル(LLM)」と「時系列分析」である。前者は大規模データを使って単語Aの次に来る単語,日本語では文字や句を推定し,生成されたセンテンスを検証するものである。画像の場合も原理は同じなので既存の画像との比較で妥当であるかないかを判断する。つまり,あくまでも「過去」に依存する。後者は現在時刻t0より前に測定されたデータを使って,同じ条件の場合に区間t0 〜 t1,t1 〜 t2 …の状態を「外挿(グラフの線をt0より前と同じパターンで延長する線引き)」するものである。典型実用例として大型船舶の自動航行装置が取り上げられる。海洋における船舶同士の衝突は稀なので,海洋や港湾のマップ,GPS,海流・気象情報などで少々先の船舶の位置(座標)を二次元で外挿する。そのため,逐次(数秒〜数分〜数十分),外挿された座標と実際の座標との差を計測して制御システム(積分演算系)にフィードバックを行い,修正値を加味して次の座標を外挿する。株価の高速取引も基本的に時系列分析と同様の数学を用いた「Observer」という方法で行われている。
Diamond Online(8月15日付)に真壁昭雄氏の「マイクロソフトやインテルにがっかり…有力投資家たちがAI関連企業に失望し始めたワケ」という解説記事がアップされた。6月ごろから英米のサイトではAIへの投資に対する経済的効果についての議論が顕在化し始め,AI関連投資が躊躇され多くのAI関連ベンチャーが苦境に陥り始めている,という記事が出始めたことに呼応する内容である。我が国では日経ビジネス電子版(7月12日付)に「NVIDIA株にバブル懸念」という記事が掲載された他,数件の記事が出たがそれほど注目されていないようである。日経ビジネス記事のポイントは,英米の報道と同様に生成AI処理用半導体(GPU)の高性能高価格化に見合うリターンを得るための市場が見つからないというものである。海外報道はさらに突っ込んでいて,GPUを多数具備した計算処理設備だけではなく,それを支えるための投資,高性能GPUに見合う高速で処理するためのデータセンターの建設コスト,維持のためのサーバー本体冷却設備と電力,その電力を賄うための発電所建設といったことにも触れている。
マスコミ,特に金融関係のコメンテーター発言ではGPUの処理能力だけが注目されるが,それを機能させるには電気が必要である,すなわち電気がなければ「ただの板」である。必要とする電力をNVIDIA RTX 6000グラフィックカード(GPUを冷却ファンやGPU計算コアへデータを出し入れするメモリーと一緒に組み込んだ製品。大規模データはハードディスクやSSD【ソリッドステートドライブ;半導体型の記憶装置,カメラなどに使うミニディスクと同様の半導体の集合体】を使って別途設置する。)で見てみよう。
規格表から消費電力はカード一枚あたり300W,つまり1時間あたりの使用電力は300Wh(ワット時),24時間で7.2kWh(キロワット時),365日で2.63MWh(メガワット時)=2630kWhとなる。日常,家庭やオフィス等で使用しているパソコンはApple Mac Miniでフルパワーの場合150Wh,ノートPCはパワーセーブがあるのでこれ以下の消費電力,また,一日の実稼働時間はせいぜい6時間程度だろう。動画グラフィック作成や高機能ゲームユーザーを除き,一般家庭ではパソコンの能力の50%も使わないので50インチ液晶テレビの130Wh前後の消費電力同等程度と考えてもそれほど違いはないだろう。ちなみに東京電力のホームページを見ると四人家族一戸建ての年間平均電力使用量は5.23MWhとなっている。
数字の比較では一枚あたりのGPUグラフィックカードのフルパワー消費電力は家庭の半分程度と見えるが,データセンターはグラフィックカードを一万枚以上使用する。グラフィックカード一万枚とした場合,グラフィックカードだけで26300MWh/年(=26.3GWh/年,ギガワット時/年)となり,一戸建て住宅の5000戸分を超える消費電力となる。これに加えて上述のサーバー冷却(水冷が多い),ハードディスクやSSDを安定的に使用するための空調,配線資材,メモリーにデータを出し入れするための電力を必要とする。建設コストに加えていかに多くの運転コストが必要であるかを理解していただけると思う。説明をごく簡単にすると,データセンターは変電所か小型発電所を併設するぐらいの電気をがぶ飲みする代物である。
NVIDIA RTX6000の最新型グラフィックカードは現時点でカード一枚あたり約¥120万なので,一万枚を購入する費用は¥11.2億,これ以外に上記の設備と建物や受電設備/緊急用電源を設置するので,減価償却だけでも高額になる。
生成AIは大変便利である。ちょっとした調べ物でも概要を数秒でまとめてくれる。20世紀は図書館に出かけて専用端末で書誌検索を行い,ヒットした書籍を借り出して読み込み,それをまとめるまでに膨大な時間を費やし,その後,詳細論文検索を行い,コピーした論文を読んで,さらに論文の参照文献を借り出し,コピー,読み込みといった作業の所要時間を数百いや数万分の1に縮めてくれる。また,古文の文字解読や判別不能であった古代文字を解読することで科学の発展や自然災害の記録なども新発見がある。ところが社会に大きな影響を与えるメディア,政治,金融といった分野の人たちは,生成AIによって仕事の作業効率改善,自動化,将来予測などで社会が大変革すると大衆に宣伝するもののこれらの自動化で削減できる費用はそれほど大きくない。Open AI他,生成AIに携わる専門家は,将来予測はできないと説明しているにもかかわらず,CMなどはAIで未来を作る的な印象操作がまかり通っている。
生成AIはLLMなので貢献を果たす分野は主に定型作業を効率化することである。事務作業や科学研究の書類整理・検索・作成・出力,統計処理。流通貨物の配送仕分け。陸海空宇宙の運輸の管制と安全確保。画像解析と自動複製・修正処理。ロボットを含めた製造装置の標準化と付加作業の効率化。思いつくままに列挙したが,全て過去情報をもとに大規模処理で次のアクションを制御するものである。これらの分野は高価な生成A Iではなく従来型の自動制御でも可能なのでそのうち熱も冷めるだろう。むしろ,極端なケースとして放送局の緊急対応以外のインタビュー,ニュース,ドラマ,バラエティを全て生成AIに任してしまえば約4兆円規模の放送業界費用の削減効果が生まれるので一考に値する応用分野と思える。ただし,放送局を中心としたメディアが「影響力」と言う権力の一端を手放すとは思えないのでオワコンとしていつまでも残り続けるかもしれない。
「生成AIを使って自動運転」ということがまことしやかに語られている。高価なグラフィックカードと周辺機器,電力バカ喰いで自動車販売価格が一台あたりクラウン一台分上乗せになるとしたら,そんなものは売れないだろう。AI関連でお祭り騒ぎを行なっている株式投資も現実を見据えないと蜃気楼になる。
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