世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AI製造の新たなハブとなるか:データセンターのハブ化が進むマレーシア
(ITI 客員研究員・元福井県立大学 教授)
2024.08.19
東南アジアで,データセンター(以下,DC)の建設ラッシュが続いている。中でも,注目されるのがマレーシアだ。背景には,この地域特有の事情もちらつく。第1に,米中情報戦争の波及効果である。ケンブリッジ大学のスラビ・ランガナン教授が「グローバリゼーションの見えない動脈」と称した海底ケーブルは,米調査会社テレジオグラフィーによると,現在,500本を超え,国際間のデータ通信の95%以上の需要を賄っている。このため,機密性の高さが求められるが,国際法による保護が十分とは言えず,2013年にエドワード・スノーデンが暴露した「米英の諜報機関は200本以上の海底ケーブルに盗聴器を仕掛けている」との内容は世界を震撼させた。一方,23年には,台湾本島と中国沿岸に近い馬祖島を結ぶ2本の海底ケーブルが切断されたが,台湾最大の通信社によると,切断は過去5年間で27回に及んでいた。
こうした中,グーグルとメタらが建設していた米ロサンゼルスと中国香港を結ぶ海底ケーブルが,19年の開業を間近に,国家安全保障上の理由により,トランプ政権からルートの見直しを迫られた。結局,グーグルらは,アジアの陸揚げポイントを香港から台湾とフィリピンに変更することとなった。さらに,米国政府は20年,クラウドサービスなどから中国企業を排除するクリーンネットワーク計画を発表。23年3月には,海底ケーブルの開発等に使用される米国製の製品・技術を中国が取得するのを防ぐことを目的する「海底ケーブル管理法」が米下院を通過するなど米テック大手に圧力をかけ続けている。
The Diplomat(’23.8.12付)によると,米国政府はこの4年間にアジア太平洋地域で6件の民間海底ケーブル取引に介入し,中国企業の参入を阻止してきた。これらは,企業が国際水域に海底ケーブルを敷設する自由を保護する「国連海洋法条約(UNCLOS)」に違反している可能性があるが,米国は同条約に署名したことはなく,米中共に,UNCLOSと矛盾する独自の法規定を採用している。その結果,米国からアジアにつながる海底ケーブルは中国を迂回し東南アジアに集中しつつある。影響はデジタル経済の心臓部であるDCの立地にも及び,大手クラウド企業が東南アジアへの投資を強化しているのだ。
第2に,EU一般データ保護規則(GDPR)が18年に施行されて以来,東南アジアにも同様の規制が広がっていることがある。タイでは22年,個人情報の越境移転を規制する個人情報保護法(PDPA)が全面施行となったほか,インドネシアやベトナムでは,個人情報の国内保存を義務化するデータローカライゼーション規制が施行されるなど,これまでシンガポールに集中させていたDCをこれらの国にも設置する必要性が生じている。
第3に,域内で再生可能エネルギーの活用が広がっていることだ。これによって,現地で需要が膨らむ生成AIの処理に必要なDCの大量な電力を環境への負荷を最小限に抑えつつ賄うことが可能になった。
ところで,英不動産コンサルティング会社ナイト・フランクの調査で,「DCの投資先として最も魅力的な国」に選ばれたのがマレーシアだ。MSCIリアル・キャピタル・アナリティクスによると,24年第1四半期のアジア太平洋DC取引高で,マレーシアは全体の36%を占めトップとなり,日本(23%),香港(16%),インドネシア(14%)を上回った。同5月には,米アマゾンが60億ドル,マイクロソフトが22億ドル,グーグルが20億ドルを投じ,ハイパースケールDCの建設を含むデジタルインフラ開発を同国内で進める旨を表明している。
では,マレーシアの何がこうした投資を惹き付けているのか。第1に,マレーシアは29本の海底ケーブルのルート沿いのチョークポイントに位置し,陸揚げ拠点が14という接続性のよさに加え,シンガポールに隣接する戦略的な立地の良さを備えている点だ。良好なデジタルインフラの存在や地震などの自然災害が少ないことも強みだ。政府の支援も手厚く,22年には,デジタルインフラを提供する企業に対して,投資の全額を控除する税優遇策(デジタル経済圏促進スキーム)を導入している。
さらに,DCの運営には半導体技術の進化が欠かせないが,コロナ禍での世界的な半導体需要の増大に加え,米中貿易戦争の恩恵を受ける形で欧米半導体メーカーによる新規・拡張投資が拡大している。特に,先端半導体を巡っては,米国による対中輸出規制や台湾有事への懸念から,サプライチェーンの見直しを図る関連メーカーの進出が相次いでいる。独半導体大手インフィニオンテクノロジーズは24年8月,AIデータセンターなどの効率を高める世界最大の次世代型パワー半導体の生産をマレーシアで開始した。
しかし,最大の追い風となっているのは「シンガポールからの波及効果」だ。シンガポールでは19年からDCの新規開発が一時停止(モラトリアム)されたため,溢れた需要が隣接するマレーシアのジョホール州に流れ出た。モラトリアムは22年に緩和されたが,グリーンフレンドリーな基準を満たす必要がある。一方,大きな期待が寄せられているのが,今年1月に両国政府が覚書を交わしたジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)の設置だ。これにより,マレーシア・イスカンダル開発地域とほぼ重なる同特区では,シンガポールの人材とジョホールの広大な土地と電力を融合させることが可能となった。26年末には,両国を5分で結ぶ通勤鉄道「RTS」の開業も控えている。こうした背景もあり,DC Byteの2024年グローバルDCインデックスで,ジョホールは「東南アジアで最も急成長しているDC市場」に選ばれている。米半導体大手エヌビディアも,マレーシアのコングロマリットYTLが同州南に保有するグリーンDCパークに,対中輸出規制の対象となっている同社の次世代GPU「H100」を搭載したマレーシア最速のスーパーコンピューターを構築するなどAIインフラの開発を進めている。エヌビディアのジェンスン・ファンCEOによれば,マレーシアはAI領域における「製造ハブ」になる可能性を秘めている。
最後に,注意すべきは,DCブームはマレーシア経済の発展に寄与する一方,大量のエネルギーと水の需要に対する懸念も生み出していることだ。また,DCの人材確保は依然として事業者にとって最大の懸念事項となっている点も見逃せない。これらの課題については,次回のコラムでも取り上げていく。
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