世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3509
世界経済評論IMPACT No.3509

立ちはだかる「地元了解」の高い壁:東電・柏崎刈羽原発再稼働

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.08.05

 今年元日に発生した能登半島地震で,北陸電力の原子力発電所が立地する石川県志賀町では震度7を記録した。志賀原子力発電所では,変圧器が破損したり油漏れが起きたりしたが,2011年の東京電力・福島第一原子力発電所事故の場合とは異なり,地震・津波による被害は部分的,限定的なものにとどまった。原子力発電に批判的な一部メディアは,能登半島地震で志賀原発の再稼働に大きな否定的影響が出るかのように報じているが,それは,事実ではない。そもそも志賀原発は,現在,稼働しているわけではなく,原子力規制委員会の審査を受けている状況下にある。被害が限定的だったことをふまえて能登半島地震後も,原子力規制委員会の再稼働を許可するか否かの審査が粛々と進行中なのである。能登半島の断層調査の進展具合等により審査期間が多少延長されることはあっても,再稼働への道筋に大きな変更は生じないであろう。

 むしろ,能登半島地震の影響で,再稼働への道筋に狂いが生じかねないのは,東京電力・柏崎刈羽原子力発電所の方である。この点については,原子力を批判するメディアもあまり報道していない。

 最新鋭の改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)であり,出力も大きい柏崎刈羽原発の6・7号機(発電出力はいずれも135万6000kW)については,原子力規制委員会が2017年12月に新規制基準に適合しているとの決定を下し,2020年10月には保安規定を認可した。しかし,その後,東京電力のテロ対策の不備が相次いで発覚したため,2021年4月に原子力規制委員会は,柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働への許可を凍結し,事実上の運転禁止命令を出すにいたった。この運転禁止命令が解除されたのは,2年8ヵ月後の2023年12月のことである。つまり,能登半島地震は,柏崎刈羽原発6・7号機が再稼働へ向けて大きく動き出した,まさにその矢先に発生したことになる。

 運転禁止命令が解除されたことを受けて,東京電力が柏崎刈羽原発6・7号機を再稼働させるうえでの残された課題は「地元了解を取り付ける」ことに絞り込まれた。この地元了解を取るというハードルをかなり高いものにしたのが,ほかならぬ能登半島地震なのである。

 地元了解の肝は,花角英世新潟県知事の同意である。花角知事はかねがね,柏崎刈羽原発の再稼働に際しては,「県民の信を問う」と言い続けてきた。その場合,「信の問い方」としては,花角知事が再稼働への同意を表明したうえで,出直し知事選挙を実施するという見方が,地元では有力であった。しかし,能登半島地震を受けて災害時の避難計画への懸念が高まっている状況下で,花角知事は知事選挙に勝つことができるだろうか。この点に関連しては,能登半島地震では新潟県内にも相当な被害が発生し(新潟市西区での液状化現象など)災害時の避難計画への関心が高まっていること,「政治とカネ」の問題で岸田文雄内閣の支持率が落ち込んでいることが花角知事サイドには選挙の際に逆風となること,などの事情に目を向ける必要がある。

 しかし,最も目を向けなければいけない事情は,新潟県は東京電力の供給エリアではなく,東北電力の供給エリアであるという点である。原発事故時の避難計画は地元自治体が作成するが,当該原発を運転する電力会社は,その避難を全力をあげて支援しなければならない。電力会社が十分な避難支援を行うためには,当該地域の電力供給体制や需要状況を熟知していることが必要となる。それらを熟知しているのは,その地域を供給エリアとする電力会社である。柏崎刈羽原発の場合,地元の電力供給体制や需要状況を熟知しているのは東京電力ではなく,東北電力である。この点こそが最大の問題であり,新潟県民は,能登半島地震が起きる以前から,「東京電力の避難支援は不十分なのではないか」という懸念を持ち続けていた。能登半島地震は,その懸念をいっそう強めることになったのである。

 これらの事情を考慮に入れると,花角知事は,「出直し知事選挙」の実施を避けるかもしれない。ただし,その場合には,どのような形で「県民の信を問うのか」という,難題に直面することになる。地元了解のハードルは高くなったのであり,能登半島地震で再稼働への道筋に影響を受けたのは志賀原発ではなく,柏崎刈羽原発だと考える理由は,ここにある。

 では,どうすれば東京電力は,柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働に辿り着くことができるのか。そのためには,避難協力への新潟県民の懸念を軽減することが必須となる。具体的に言えば,避難支援に関して,東北電力の全面的な協力を得ることが必要となる。新潟県民の納得を得るためには,「新潟の電力需給に詳しい東北電力も一緒に,避難支援に取り組みます」というお墨付きを示すことが求められるのである。

 もちろん,東京電力は,東北電力の協力に関して,対価を払わなければならない。それは,柏崎刈羽原発6・7号機が再稼働した場合,その発生電力をすべて東京電力の供給エリアに送るのではなく,その一部を新潟県向けに供給するという形でなされるべきであろう。新潟県向けに供給される電力で水の電気分解を行い,カーボンフリー水素を生産すれば,新潟県が推進するGX(グリーントランスフォーメーション)のプロジェクトに貢献することができる。そして,柏崎刈羽原発6・7号機から東京電力エリアへの送電量を減らせば,関東地区で危惧される再生可能エネルギー電源の「出力制御」を抑制できる可能性もある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3509.html)

関連記事

橘川武郎

最新のコラム