世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3501
世界経済評論IMPACT No.3501

国民の移動を妨げ地方衰退を招く「みどりの窓口」縮減

戸所 隆

(高崎経済大学 名誉教授・(公社)日本地理学会 元会長)

2024.07.29

問題の所在

 JR東日本は2021年以降「シームレスでストレスフリーな移動」の実現に向けてインターネットやスマートフォン,「話せる指定券販売機」等での切符販売に転換しつつあり,「みどりの窓口」と「駅旅行センター」を大多数の駅で廃止した。群馬県内では高崎・高崎問屋町・前橋・安中榛名のみ設置駅となった。そのため切符購入に多大な時間・移動を要する不便や購入不能の事態を招き,鉄道から自家用車利用に替える,あるいは旅行を諦める人もいる。国土構造基盤を担うJRでのこの事態は国のかたちを変え,単にデジタル音痴では片付けられない深刻なことと懸念される。

群馬県でのJR切符購入実態

 筆者の最寄り駅・上越線群馬総社駅では,「みどりの窓口」廃止後,遠距離切符は購入できない。隣駅である新前橋駅は,上越・両毛・吾妻線各列車の結節する特急停車駅(乗降客1万人強)で,廃止前の「みどりの窓口」には,概ね10~20分程度待つ程度の利用客が常時並んでいたが,廃止後は「話せる指定券販売機」が設置された。しかし,使用法を理解する人は少なく,インターフォンでの応答までに数分から10分以上を要し,かつ,応答後も券売機を前に戸惑う人が多い。その間券売機は使えずに長蛇の列となり,順番を待つ人々の厳しい目に耐えられず,購入を諦める人すらいる。

 「みどりの窓口」1カウンターのみを設置する両毛線前橋駅(乗降客約2万人)には,切符購入のため前橋市以外から30km前後離れた桐生市や伊勢崎市から来る人などで常時長蛇の列となり,一人で30分以上費やす購入者がいた際には,2時間近く待った経験がある。高齢者はトイレに行くこともあり,周囲の人の理解がないと最後部に並び直しになる(最近は番号札で若干改善)。切符購入のために遠隔地から交通費をかけて前橋・高崎駅に来る人も多く,皆黙って並んでいるが,話しかけると誰もが不満を一気に吐き出す状況にある。孤軍奮闘する駅員は,ただ「申し訳ありません」というだけである。それ以上言えばカスタマーハラスメントになりかねず,本社担当者への上申依頼をして購入者は我慢するだけである。200万の群馬県民に対して「みどりの窓口」数カウンターでは,いくら利用客が減ったとはいえ,県内だけでも数万人の長距離鉄道利用難民が発生する。

デジタル音痴と片付けて良い問題か

 券売機やネット購入に挑戦しないデジタル音痴の高齢者・守旧派のわがままが,マイナンバー普及を妨げる要因といわれる。しかし,医療機関のマイナンバー利用では,不明なことがあれば受付の人が指導してくれる。他方,近年全車指定席特急が増えており,購入したいがJR切符券売機には常時駅員はおらず,操作に戸惑うと他の利用者の厳しい視線にさらされる。たまにしか利用しない人はどうして良いか解らず,購入を諦めることになる。駅のパンフレットの説明では解らない上,何とか購入方法が理解できても,券売機やネットで購入できない切符もある。65歳以上を対象に年会費4,364円で入会した「大人の休日倶楽部」の割引切符には「みどりの窓口」でしか購入できない券もあり,割り切れなさを感じる。

 現在のJRは,このように弱者を見捨て,資本の論理に走っているように見える。特にこの傾向は地方で顕著である。地方在住者による鉄道による長距離流動減少はおろか鉄道離れを惹起し,高齢者の不本意自家用車利用の増加に繋がっている。さらには乗客数減の地方ローカル線廃止問題をクローズアップさせ,収益の良い大都市圏鉄道網充実に収斂した経営となる。

国のあり方に影響をもたらす可能性

 旅行の形態は,団体型から個人型に変化してきた。旅行会社に依頼せず,自分で計画を立て,公共交通で旅をする人々が増加している。ネット購入やチケットレスに不慣れな人のJR券購入先が「みどりの窓口」であった。「みどりの窓口」廃止は今後,旅行形態や観光地にもじわじわと悪影響が及んでいくと考えられる。

 日本は藩政期の街道,明治以降の鉄道・海路,昭和期以降の高速道路・空路を重層的・立体的に活用することで,誰もが自由に快適に移動できる国土構造を構築したが,鉄道網はその骨格を成す。大災害や紛争など有事の物資・人員輸送に果たす鉄道網の役割は時代を超えて重要である。JRの民営化で良くなった面は多いが,他方で目先の利益や資本の論理に偏った経営が強化され,地域の論理,国づくりの視点が弱体化した。国の基本インフラである鉄道網も鉄道各社の資本の論理で地方を中心に分断され,ネットワーク網崩壊により安全保障上深刻な問題を惹起しつつある。

 社会経済全般に係わる広域基幹交通の地域的・個人的な利用条件格差は,結果として政治・経済・文化の格差を拡大し,国民の分断化を促す。みどりの窓口廃止は小さなことに見えるが,地球規模の構造変化の一環を成すもので,結果として国のかたちに係わる問題といえよう。JRは「みどりの窓口」廃止後は,基幹公共交通機関としてそれに代わる誰もが利用しやすい施設整備をするべきと考える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3501.html)

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