世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
悪化する米国の財政状況
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.07.22
大幅財政赤字と政府債務の累増が続く
米国の議会予算局は超党派組織で,政治的独立性が高く,財政政策の分析では信頼できます。6月18日発表の2034財政年度までの財政見通しは,金融市場やマスコミではそれほど注目されなかったようですが,米国の財政状況の悪化が深刻なことを示しました。
連邦政府の財政赤字は,コロナ禍のもとで急拡大した所から縮小しましたが,2023財政年度(2022年10月~2023年9月)にはGDP比6.3%と,歴史的に見れば高水準に留まっています。議会予算局の見通しでは,政策スタンスに変更がなければ,2034年度まで現在と同程度の大幅な財政赤字が続くとされています。政府債務残高のGDP比はコロナ禍前の2019年度には79.0%であったものが,2020年度に98.7%まで急上昇した後,足元までは概ね横這いでした。しかし,今後はさらなる上昇が見込まれており,2034年度には122.4%まで上昇すると予想されています。
金利低下による利払い負担軽減は見込み薄
高水準の財政赤字が続くと予想される一因として,政府の利払い負担の増大が指摘できます。連邦政府のネット利払いのGDP比は,2019年度の1.8%から2023年度には2.4%に上昇しましたが,今後も上昇が続き,2034年度には4.1%に達するとされています。政府債務残高が増大している分,金利水準が財政収支に与える影響が大きくなっています。
現在,金融引締めで上昇している短期金利は,インフレ圧力が収まれば下がるでしょう。中長期の実質経済成長率のトレンドが約2%と議会予算局が推計している潜在成長率に沿ったものとなり,インフレ率がFedが目標とする2%に落ち着くとすれば,名目経済成長率のトレンドは4%程度になります。そうすると,現在4%台半ばにある30年物財務省証券利回りが低下する余地は小さそうです。2010年代には30年債利回りが名目経済成長率を下回る期間がかなりありましたが,Fedが国債などを購入する量的緩和の影響が大きかったようです。利下げだけでは浮揚しそうにないほど景気が大幅に悪化しない限り,量的緩和再開の公算は小さいでしょう。長期金利が下がらなければ,政府の利払い負担の軽減は見込めません。
痛みを伴わない財政再建は不可能
現在,議会予算局の潜在GDPの推計に基づけば,GDPギャップは2024年1-3月期には+0.9%と推定され,米国経済が需要超過状態にあることが示唆されます。通常,GDPギャップがプラスの時には,税収増などによって財政赤字は縮小する傾向があります。そうした状態でも上に述べたように財政赤字が高水準にあるということは,ここから景気が悪化すれば,赤字幅は極めて大きなものになるでしょう。一方,景気拡大が続いてGDPギャップのプラス幅が大きくなれば,過剰需要によってインフレ率は再び上昇し,Fedは更なる利上げを迫られ,結局は景気の悪化を招くでしょう。米国の財政赤字は,景気拡大が続けば自然と縮小するようなものではないと言えます。コロナ禍からの景気回復過程では財政刺激策は大きな役割を果たしましたが,その効果はあくまでも短期的でした。財政刺激策の結果として財政状況が大きく悪化してしまった現在,増税や歳出削減など,家計や企業に痛みを求めずに財政を再建することは,不可能なようです。
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