世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
省エネとオンサイトメタネーション:アイシン西尾ダイカスト工場の挑戦
(国際大学 学長)
2024.06.10
今年2月,愛知県西尾市にある株式会社アイシンの西尾ダイカスト工場を見学した。同工場の主要設備である革新アルミダイカスト工場は,経済産業省主催の「第9回ものづくり日本大賞」(2023年1月)で,省エネ技術等が評価されて,経済産業大臣賞を受賞した。また,23年5月には,革新アルミダイカスト工場のすぐそばで,オンサイトメタネーション装置が,運転を開始した。同工場見学の背景には,このような事情が存在する。
ダイカストとは,溶かしたアルミニウム等の金属を高温高圧で金型に流入することによって,複雑な形状の製品を高い寸法精度で短時間に大量生産する鋳造技術のことである。アイシン西尾ダイカスト工場は,この技術を使って電気自動車やハイブリッド車に搭載される電動ユニットのケースなどを成型しており,日本のアルミニウムダイカストの約10%を取り扱っていると聞いた。
アイシン西尾ダイカスト工場では,1967年完工の西棟と2007年完工の北棟で従来型のダイカストを,2017年完工の南棟で革新ダイカストを行っている。今回見学したのは,南棟の革新アルミダイカスト工場である。この革新アルミダイカスト工場に足を一歩踏み入れて,びっくりした。暑い,暗いというダイカスト工場の通常のイメージとは異なり,常温に近く,明るいのである。天井からの自然採光,断熱や換気,白色の内装などの工夫によって,従来のイメージを払拭する職場環境を実現したそうだ。
革新アルミダイカスト工場では,室温調整と採光最適化のほかにも,自動ロボットによるリフトレス搬送,温度制御によりサイクルタイムを削減する三次元冷却金型,高速自動段取りを可能にする高集積冷却金型(カセット金型)などの技術革新を実現している。これらは生産性を向上させるだけでなくエネルギー消費量も削減するが,省エネの目玉は,何と言っても,アルミ溶解炉での柔軟な制御技術の導入だ。
アルミ溶解炉では,材料であるアルミのインゴットをガスバーナーで溶かす。従来,アイシン西尾ダイカスト工場では,炉内の排ガスの温度を管理し,600℃以上になるとバーナーの出力を切っていた。その際,出力はオンかオフか(0%か100%か)の切り替えしかできなかったため,無駄なエネルギーが発生していた。しかし,革新アルミダイガスト工場の新しいアルミ溶解炉では,出力を25〜100%の範囲で柔軟に制御できるようにした。そして,炉内の温度や投入したアルミの状態をモニターで把握し,出力を調整することで,無駄なエネルギーの発生を抑えることに成功したのである。
これらの革新技術の導入が奏功して,革新アルミダイガスト工場は,17〜23年のあいだに,40%の二酸化炭素排出量削減,67%の明るさ向上,6℃の室温低下,50%の不良率低減,1.8倍の出来高生産性向上,を実現した。冒頭で紹介したものづくり日本大賞での経済産業大臣賞受賞は,それらの必然的帰結だったのである。
アイシンは,50年のカーボンニュートラル実現に向けて,二酸化炭素排出量を,19年比で30年に50%削減,35年に60%削減することをめざしている。そのために,省エネの深掘り,太陽光発電装置設置を含む電源の再生可能エネルギーへの切り替え,カーボンニュートラルガス(CNガス)の使用などに取り組んでいるが,このうちのCNガス使用の一環として重視しているのが,オンサイトないし地域でのメタネーションの実施である。
全国的にもまだきわめて珍しいオンサイトメタネーション装置は,革新アルミダイガスト工場に隣接し,屋外に設置されている。この装置は,同工場のアルミ溶解炉で発生する実排ガスから二酸化炭素を分離・回収する工程(24kg-CO2/日)と,回収した二酸化炭素から合成メタンガスを生成するメタン化工程(12㎥/日[0℃,大気圧])とで構成され,生成された合成メタンガスは,工場内で燃料として再利用される。アルミ溶解炉からの実排ガスは流量や二酸化炭素濃度が変動するためそれに対応できるよう工夫されていると聞いた。メタン化工程で使う水素は,工場敷地内の太陽光発電で得た電力で水を電気分解して作ったグリーン水素である。見学時点では溶解炉1台から発生する二酸化炭素の100分の1の量を循環させているに過ぎなかったため,装置自体は小振りであった。しかし,さすがに製造業の未来を開くパイオニアの意味をもつ装置だけあって,抜群の存在感を示していた。なお,数年後には1分の1にスケールアップする計画があり,その際に容易に設置できるようにサイズに拘った構成になっていることもアイシンの取り組みの特徴である。
なぜ,オンサイトメタネーションが,製造業の未来を開くのか。現在,日本の製造業者のなかで大きなウエートを占める部品メーカーに対しては,製造工程で二酸化炭素を排出しないように求める最終製品メーカーからの圧力がグローバルで強まっている。今後は,サプライチェーン全体でのカーボンフリー化を達成するため,二酸化炭素を排出する工場からの部品供給は受け付けないという最終製品メーカーが増えるだろう。当初は,電気利用に関してRE100(使用電力の100%を再生可能エネルギー由来の電気で賄うこと)の実施を求めることから出発し,やがては,熱利用に関してもカーボンフリーの燃料の使用を要求するようになることは必至である。したがって,メタネーション等により自社工場のカーボンフリー化を実現することは,グローバルで事業展開する部品メーカーにとって死活問題となる。部品メーカーのあいだでオンサイトメタネーションへの期待が高まるのは,当然のことだと言える。
アイシンは,近い将来,工場から発生する二酸化炭素の全量を循環させるため,メタネーションの抜本的拡充を図ろうとしている。その場合,オンサイトメタネーションを超えて,近隣の事業者と連携して,地域ぐるみでメタネーションを進める蓋然性が高い。アイシン西尾ダイカスト工場で動き始めたオンサイトメタネーションは,そのような製造業の未来を開く王道の最初の一歩に当たるものなのである。
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