世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3441
世界経済評論IMPACT No.3441

ジハードとマクドナルド(Jihad versus McWorld):アラビア語人材も育てたい

小原篤次

(長崎県立大学 准教授)

2024.06.03

 グローバル・サウス論が百花繚乱だ。書き手は経済モデルを駆使する経済学者よりも,学際的な地政学,地経学が活躍する(矢野2024)。1980年代までの冷戦時代であれば,低開発国,発展途上国,第3世界(third world)や南北問題の用語を使い,議論されていた。当時であれば,植民地体制から独立して30年程度の新しい諸国家だった。アジアとアフリカが人口・経済成長で「伸び盛り」の時代を迎えていく(峯2019:71)。

 文化経済学なら宗教の視点を提供するだろう。現代用語の基礎知識が根拠としたThe World Almanac 2021によると,世界人口約77億9500万人(2020年)のうち,キリスト教は約3人に1人,イスラム教は約4人に1人ほどである。さらに,米調査機関ピュー・リサーチ・センターは,2070年にはイスラム教徒とキリスト教徒がほぼ同数になり,2100年になるとイスラム教徒が最大勢力になるとの予測をしている(『日本経済新聞』電子版2015年4月6日)。

 ところでわが教室の話をしたい。教科書としてManfred B. Steger (2023) Globalization: A very Short Introduction<6th edition>, Oxford University Pressを利用している。2003年の刊行以来,増刷を繰り返して最新版が第6版である。日本では,初版,第2版に対して『1冊でわかる グローバリゼーション』として岩波書店から翻訳本も出ている。同書の第5章がグローバリゼーションの文化的次元である。88ページにインドネシアのマクドナルドの店頭カウンターの写真がある。女性店員2名が頭髪をスカーフで隠している。ヒジャブと呼ばれる。この写真説明が「Jihad versus McWorld: selling fast food in Indonesia」となっている。エジプト出身の学生が長崎県立大学の授業(出席者は10人未満の少人数)に参加している。5月20日,ジハードとマクドナルド※(Jihad versus McWorld)のJihadに対し,What does it mean? この見出しにおけるジハードの使い方について質問してきた。私は論点整理し5月23日に著者と出版社に宛て質問状を送付したが,今のところ回答がない。jihadは合計10回,登場,聖戦の意味で使われていると理解している。

 そこでジハードの意味を確認。「古典イスラム法で,ウンマ(イスラム共同体)の防衛や拡大のための戦いをいう。元来の意味は,一定の目的に対する努力。聖戦と訳さおれる」(『デジタル大辞泉』小学館)別の辞書では,一般にはイスラムを広めるため,または防衛のための戦い,すなわち「聖戦」のことをいう。原義は「(神の道のために)奮闘努力すること」であるが,古くから,異教徒に対する戦争と解釈されてきた。歴史的には,初期のアラブの大征服だけではなく,十字軍に対する戦争や,オスマン朝のヨーロッパへの進出がジハードとして戦われた。スーフィズム(イスラム神秘主義)においては,異教徒に対する戦いを「小ジハード」というのに対し,自己の欲望に対する戦いは「大ジハード」とよばれて,より高く評価された。近現代におこった反帝国主義,イスラム復古主義,原理主義では,イスラム世界防衛のため実際に武器を持って戦うジハードがふたたび強調されている(「日本大百科」小学館)。この項目の著者は竹下政孝。元東京大学文学部教授(イスラム哲学史)である。StegerはJihadを「奮闘努力」という元の意味では使ってはいない。よってJihad versus McWorldは写真説明として不適切だというのが私の意見である。

 5月27日,学生に確認すると,エジプト出身の彼女は,グレーのヒジャブをまとい,キャンパス内でも礼拝を続け,自宅からお弁当を持参している。大学食堂はまだハラールフードを提供していない。立教大学は2020年9月に池袋キャンパスに,また新座キャンパスでは2022年6月にハラールに対応した食堂を開業している。これに先立つ2016年4月には,祈りの部屋も池袋キャンパスに設置している。

 日本は,大量の外国人を受け入れる前提で人口減少を抑えた人口推計を発表している。2070年には7人に1人が外国人である(『日本経済新聞』朝刊2023年6月17日)。すでに日本は移民社会に入っており,病院のほか,やがて介護施設でもイスラム教徒への対応を迫られる(甲斐ほか2019,川上ほか2022)。祖国に戻らず,余生を日本で過ごす外国人も増えるだろう。

 アラビア語も含めて多言語の教育機会を提供,複雑化する世界情勢を理解する人材確保が急務である。そのことで,国内大学卒業生(国籍,宗教は問わず)が新しい「グローバリゼーション」の教科書を提供してくれるだろう。

※スティーガー(2010)では「ジハードとマックワールド」と翻訳されている。

[参考文献]
  • 峯陽一(2019)『2100年の世界地図:アフラシアの時代』岩波書店。
  • 川上貴代・平松智子・田淵真愉美・我如古菜月・山本沙也加・秋山花衣・岸本(重信) 妙子(2022)「病院給食におけるハラール個別対応の実態」『栄養学雑誌』80(1):32-39。
  • 甲斐ゆりあ・安藤敬子・清村紀子(2019)「日本の看護ケアにおける宗教的配慮の現状に関する実態調査」『看護科学研究』17:22–27。
  • マンフレッド・B・スティーガー ; 櫻井公人, 櫻井純理, 高嶋正晴訳(2010)『(1冊でわかる)グローバリゼーション』岩波書店。
  • 矢野修一(2024)「「グローバル・サウス」への地政学的関心をめぐって」『地域政策研究』28(4):21-39。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3441.html)

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