世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
円安依存の限界が見える日本経済
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.05.27
輸出と企業利益のGDP比は歴史的高水準
最近,日本経済に対する円安の負の影響が取り沙汰されています。ただ,これまで日本経済が円安に依存してきたことは否定できません。BIS(国際決済銀行)の統計から取れる円の実質実効為替レートが下落すると,GDP統計から取れる財・サービス輸出と,法人企業統計から取れる非金融企業経常利益のGDP比が上昇する傾向があります。2000年1-3月期から2023年10-12月期において,円実質実効為替レートの財・サービス輸出のGDP比との相関係数は-0.923,非金融企業経常利益のGDP比との相関係数は-0.859です。円安が輸出増を通じて企業利益を押し上げる効果がうかがわれます。
財・サービス輸出のGDP比は2024年1-3月期には22.1%,非金融企業経常利益のGDP比は直近である2023年10-12月期には17.5%といずれも歴史的高水準です。20年前にはそれぞれ12.3%,8.0%,10年前には16.8%,12.2%でした。ただ,ここからさらに輸出や企業利益が大きく増えるのは難しそうです。不動産バブルの崩壊で中国の国内需要に陰りが見えます。米国では利下げ観測が後ずれしてきましたが,年内利下げ開始が依然メイン・シナリオと考えられます。利下げが始まれば,米ドルが下落する可能性も高まるでしょう。
円安で家計可処分所得のGDP比が下落
上で述べたように,輸出と企業利益のGDP比は円の実質実効為替レートとの負の相関が強いのに対し,GDP統計から取れる家計可処分所得のGDP比は,名目実効為替レートと正の相関があります。2000年1-3月期から2023年10-12月期(公的支給により可処分所得が急増した2020年4-6月期を除く)における両者の相関係数は0.656です。5月6日付の「変動為替相場制移行後,最低の円安」で述べたように,企業は円安の勝者,労働者は敗者と捉えられます。日銀の異次元金融緩和などによって円安に拍車がかかったことが,雇用者報酬を主たる所得源とする家計にとって,所得配分上,不利に働いたと言えそうです。直近値である2023年10-12月期の家計可処分所得GDP比は52.6%と,1994年を起点とする現行のGDP統計上のピーク(2020年4-6月期を除く)であった2009年1-3月期の59.7%や,コロナ禍直前の2019年10-12月期の55.9%から大きく下がり,過去最低となりました。
物価上昇による実質所得・消費支出の減少
ただ,コロナ禍に至るまで,国内物価がほとんど上がらない中,家計最終消費支出デフレーターで割り引いた実質ベースの家計可処分所得は緩やかな増加基調にあり,2020年4-6月期にはコロナ禍対策の公的支給によって一時的に急増しました。しかし,コロナ禍からの回復過程で円安と海外物価の上昇が重なったことで国内物価も大きく上昇し,実質家計可処分所得は減少に転じました。2022年1-3月期から2023年10-12月期までに実質家計可処分所得は5.8%減少しました。一方,実質家計最終消費支出は2023年1-3月期まではコロナ禍からの回復基調にありましたが,その後2024年1-3月期まで4四半期連続で減少しています。今後さらに円安が進んで国内物価が一段と上昇すれば,実質家計最終消費支出の減少が続くでしょう。一方,円高に転じれば,これまで景気を牽引してきた輸出や企業利益が勢いを失うでしょう。いずれにせよ,円安に依存してきた日本経済の限界が見えてきたようです。
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