世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ベトナムで見たエネルギー供給の最前線:ブラックペレット工場と海上ガス田
(国際大学 学長)
2024.05.13
今年1月,ベトナムのブラックペレット工場と海上ガス田を見学する機会があった。いずれも,出光興産の子会社が操業する事業所である。
先に訪れたのはブラックペレット工場。ベトナム中部の都市クイニョンから北西へ車で2時間ほどの場所に立地する。正式名称はIGEV(Idemitsu Green Energy Vietnam)クァイニョン工場。原木調達→チップ加工→ホワイトペレット製造→ブラックペレット製造を連続して行う点に,特徴がある。なお,ここで言うホワイトペレットとは木質ペレットのことであり,それを半炭化するとブラックペレットになる。ちなみに,出光興産グループが取り扱うブラックペレットの商標は,「グリーン・エネルギー・ペレット」である。
石炭火力発電所で混焼する場合,ブラックペレットは,通常の木質ペレットと比べて,疎水性が良いため屋外貯蔵が可能であるなど,ハンドリングが容易なだけではない。高カロリーであり,粉砕性にも優れるため,混焼率を飛躍的に高めることできる。つまり,排出する二酸化炭素を大幅に減らすことができるわけであり,地球温暖化対策上きわめて重要な意味をもつ。
IGEVクァイニョン工場は,他事業者が行っていたホワイトペレット製造工程までの諸施設を買収して改修を施し,そのうえでブラックペレット製造装置を新設するという経緯をたどってきた。したがって,ブラックペレット製造装置はピカピカであり,しかも大きい。さながら里山に突如出現した「夢工場」の様相で,屹立していた。
IGEVクァイニョン工場の生産能力は,年産12万トン。アジアでも有数の規模だ。許認可等の関係で稼働には至っておらず,今年7月の商業運転開始を予定している。見学に訪れた時点では,ホワイトペレットの出荷のみを行っていた。最新鋭のブラックペレット製造装置の一刻も早い操業が,待ち遠しく感じた。
IGEVクァイニョン工場では,辺鄙で利便性が悪い生活環境のなかで,6人の日本人駐在員が奮闘している。「六人の侍」とでも呼ぶべき状況だ。そのなかの一人の女性駐在員は,工場周辺の山林に奥深く入り込み,調達する原木の品質の検証や,切り出し作業の労働条件の確認などに携わっている。山林には,野犬の群れが生息すると聞いた。ひたすら,頭が下がる思いだった。
IGEVクァイニョン工場で生産されるブラックペレットは,日本向けに出荷される予定である。ただし,現地ベトナムを含め,アジアでは,幅広く石炭火力発電が行われている。今後,ブラックペレットは,アジア全域において,地球温暖化対策として役立つのではないか。そう感じさせた同工場の見学であった。
続いて訪れたのは海上ガス田。ホーチミンシティから東南方向へ沖合約300kmの地点にあるSV(Sao Vang)-DN(Dai Nguyet)ガス田である。ベトナム語でSao Vangは「金星」を意味し,Dai Nguyetは「満月」を意味する。SVガス田とDNガス田は,パイプラインおよび制御システムラインで結ばれ,SV-CPP(Central Processing Platform)から一体操業されている。オペレーターは,出光ベトナムガス開発(株)である。
20名ほどが乗れるヘリコプターで,ホーチミンシティのタン・ソン・ニャット空港を飛び立った。しばらくは陸の上を飛ぶが,やがて海に出る。海上にははじめ漁船らしき船群が見られるが,そのうち大型の貨物船がたまに行き交うだけになる。それも途絶えると,最後に出現するのは,他の油ガス田の生産プラットフォームや掘削リグ。その先は,青い大海原と白い波頭だけになる。飛ぶこと,約2時間。ようやくヘリコプターは,水深114mの海上に立つSV-CPPのプラットフォームに着陸した。
プラットフォームのトップサイドの広さは,40m×90m。高さは120mに及ぶ。それを支えるのは高さ125mのジャケットで,その下にはパイルが海底から深く打ち込まれている。重さは,トップサイドが1万4000トン,ジャケットが1万2000トン,パイルが4500トンである。これほど大規模な構造物を大海の真っ只中に築き上げ,それを使って日々の生活に不可欠な天然ガスを生産する•••人間の力がはかり知れないほど大きいことを実感させる現場であった。
ヘリコプターを降りて,4階建てになっているトップサイドの内部へ,階段を降りていった。トップサイドは,万一の災害時の被災範囲を最小化するため,分厚い隔離壁で三つの部分に分かれている。まずは,「ヘリパッド」・「居住」・「運転」・「テクニカル」・「ユーティリティ」などから構成される部分。次に壁を挟んで,さまざまな生産物の処理施設や機器が所狭しと配置される「プロセス」。さらに,もう一つの壁の向こうに,深度3000〜4000mに達する掘削井とパイプでつながる「生産井」の坑口装置がある。
トップサイドの内部を一巡すると,まるで地上の工場を見学しているかのような錯覚に陥った。ただし,消火のための諸装置,緊急時の脱出用設備などがいたるところに配置されている点が,普通の工場とは異なっていた。
SV-CPPの要員は,2週間ごとに交替する。小洒落たカフェテリアでは,見学チームを歓迎するための特別な料理とケーキが用意されていた。交替で常駐するお医者さんは,「私が暇なことが一番いい」と言って笑った。
SV-CPPの天然ガス生産量は,供給先であるベトナムの火力発電所の運転状況に合わせて変わる。帰路,併産するコンデンセートの貯蔵・払出し船に立ち寄って,2人の要員を乗せ,ホーチミンシティをめざした。ベトナムにおける電力の安定供給と二酸化炭素排出量の削減に大きく貢献する最前線に立った,人生でも指折り数えることができるほどのエキサイティングな一日であった。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :アジア・オセアニア
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :新興国
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
関連記事
橘川武郎
-
[No.3610 2024.11.11 ]
-
[No.3607 2024.11.04 ]
-
[No.3591 2024.10.14 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]