世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
今,円はどの程度割安か
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.04.29
購買力平価で見ると70%程度割安
円の対米ドル為替レートは4月24日には1米ドル=155円を超えました。IMF(国際通貨基金)は,4月発表の最新の世界経済見通しにおいて,日米の相対物価に基づく購買力平価為替レートの2024年の推計値を1米ドル=90.8円としています。これを基準にすると,円は米ドルに対して足元で70%程度割安ということになります。ただ,円の割安度の高まり,つまり円の実質価値の低下が長期化しており,実際の為替レートの購買力平価為替レートからの乖離が拡がり続けている所を見ると,購買力平価だけでは為替レートの動きを説明することは難しいようです。
金利差と相対生産性の影響
円ドル為替レートが購買力平価から乖離する要因として,一般的に指摘されるのは金利差です。2020年には日米間の10年物国債利回りの格差は1%以下でしたが,現在は3%台後半まで拡大しており,こうした金利差の拡大が足元での円安要因になっていると考えられます。ただ,現在の利回り格差は,購買力平価で見て円の割高度が強かった1995年とそれほど違いません。1995年4月には円ドル為替レートは一時1米ドル=80円を割りましたが,IMF推計による1995年の購買力平価為替レートは171.6円でした。現在の日米の金利差は当時と大差がないのに,購買力平価で見て円は当時の大幅な割高から現在は大幅な割安に変わっています。
こうした長期的な円の実質価値の低下は,理論的にはバラッサ=サミュエルソン効果から説明できそうです。これは,生産性上昇率が高い経済では通貨の実質価値が上昇しやすいことを説明する理論です。日本の就業者1人当たり実質GDPの米国に対する相対値は,1980年1-3月期を100とすると1991年1-3月期には122.4まで上昇しました。それだけ日本の生産性上昇率が相対的に高かったわけです。しかしその後,下落に転じ,2023年10-12月期には88.2まで下がっています。こうした相対的生産性の長期的な変動に,円の実質価値が呼応していると考えられます。
金利差、相対生産性でも説明しきれない円安
そこで,円ドル為替レートの購買力平価からの乖離を,金利差と相対生産性で説明することを試みました。被説明変数(F)を(円ドル為替レート/購買力平価為替レート)とし,購買力平価為替レートは日米のGDPデフレーターを基準にしています。1つ目の説明変数である金利差(R)は米国の10年物財務省証券利回りと日本の10年物国債利回りの差です。2つ目の説明変数である相対生産性(P)は,就業者1人当たり実質GDPの相対値(米国/日本,1980年1-3月期=100)を取りました。四半期データを用い,推計期間は1980年1-3月期から2023年10-12月期です。最小二乗法による推計結果は以下の通りです。
- F=0.0555R+0.0228F−1.414
- t値:R(5.80),F(16.76),定数(−10.17)補正済決定係数:(0.617) 標準誤差:(0.146)
金利差も相対生産性も,十分な説明力があります。ただ,この推計式に基づく為替レートの推計値は1米ドル=121円程度であり,足元の為替レートはそこから約28%円安に振れています。
こうした金利差や相対生産性でも説明しきれない円安は,投資家の米ドル建て資産保有志向の高まりによるものと考えられます。具体的には,日本でiDeCoやNISAなどを通じて積立で国際分散投資を行う人が増えていることなどが指摘できます。こうした積立国際分散投資の増大は持続性が強そうです。ただ,歴史的に見れば,円ドル為替レートが上の推計式で示した相対物価,金利差,相対生産性に基づく適正水準と考えられる所から大きく外れた現在のような状態は,長くは続いていません。日米の金融政策の変更や株式などの資産価格の変動をきっかけにして,円ドル為替レートの水準調整が生じて,一旦は大きく円高に振れることもありうると考えておくべきでしょう。
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